1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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「大阪の宿」水上瀧太郎

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 土佐堀川の北岸、完成間近の「フェスティバルシティ」ツインタワーのすぐ近くの遊歩道脇に、水上瀧太郎の代表作「大阪の宿」が彫られた文学碑があります。

 東京出身で慶應大学では永井荷風に学んだ水上瀧太郎(1887-1940)は、父親が創業者である保険会社に在職中に大阪に転勤します。
 土佐堀川のほとりにあった宿泊先の旅館「酔月」を舞台に、「水の都」と言われた大阪のあわただしい日常と生活を、季節の移り変わりとともに美しく描いた小説が「大阪の宿」です。

 會社から歸つて、湯に入つて、晩酌の後で飯を喰ふと、縁の籐椅子に腰かけて、川風をなつかしがりながら、舟のゆきゝを見て暮らす事が多かつた。淀川へ上る舟、河口へ下る舟の絶え間無い間を縫つて方々の貸舟屋から出る小型の端艇(ボート)が、縱横に漕廻る。近年運動事は東京よりも遙かにさかんだから、女でも貸端艇を漕ぐ者が頗る多い。お店の小僧と女中らしいのが相乘で漕いでゐるのもある。近所の亭主と女房と子供と、一家總出らしいのもある。丸髷や銀杏返の、茶屋の仲居らしいの同志で、遊んでゐるのもある。三田もふいと乘つてみる氣になつて、一人乘の端艇を借りたのが病(やみ)つきになり、天氣のいゝ日には、大概晩食後、すつかり暮れきる迄の時間を水の上に過した。

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 水上瀧太郎が大阪にいたのは、1917(大正6)年10月から1919(大正8)年10月までの2年間です。

 常安橋から望む土佐堀川。南岸のほとりに旅館「酔月」がありました。
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 護岸の茶色のビルの向って左側、奥にあるYMCAの高いビルの手前辺りに「酔月」があったようです。
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 茶色のビルは今、イタリアン・レストランですが、「大阪の宿」が単行本として出版された1926年に銀行として建てられたものです。
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 大正13年発行「大阪市パノラマ地図」です。
 ◯印が文学碑、矢印で示している辺りに「酔月」(旅館:照月)がありました。
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 「うす汚なく曇った空の下に、無秩序に無反省に無道徳に活動し発展しつつある大阪」を後にするところで、この小説は終わります。
 東京育ちの主人公は正義感が強いために、卑俗でえげつないナニワ気質の周囲の人々と摩擦も起すし、また周囲の人々から好感も持たれます。そういう意味では、夏目漱石「坊っちゃん」の大阪版と言えなくもありません。

 さて、水上瀧太郎は「大阪の宿」の他に「大阪」を書いています。
 これは旅館「酔月」に移る前の宿泊先で、「天満橋を南に上るお城のねきの下宿」を舞台にした小説ですが、“ねき”は大阪弁で、すぐ近所を意味します。こちらのほうがナニワ度は、より一層濃厚な作品です。

 下宿のあった辺りから真東を望むと、確かに大坂城の天守閣が見えます。(ただし、この小説が書かれた頃にはまだ天守閣はできていませんが…)
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 「大阪の宿」「大阪」は共に、いわゆる東京人から見た大阪人の気質を辛辣に表現していて、反発はしているものの、拒絶せずにどこかで共感しながら描いているところに、織田作之助とはまた違った視点があり、リアリズムがあって楽しめました。

 水上瀧太郎は今日では忘れられた作家ですが、小説家の一方で、片足を実業界に置いていたダブルワーカーであったがゆえに、これらの作品を書くことができたように思えます。

 「大阪の宿」岩波文庫(昭和32年 10刷)と「大阪」角川文庫(ページが破れていて発行年不明)です。
 亡義父の蔵書だったもので、処分するつもりの中から拾い上げたものです…
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# by suzu02tadao | 2017-01-20 08:00 | Trackback | Comments(0)

<京都府警青雲寮>再訪

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 「京都府警青雲寮」で検索すると、最初に出てくるのが、2013年11月の当ブログになるのですが、昨年秋、3年ぶりに訪問してみたら…

 現在は空き家状態で、寮としては使用されていないようです。

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 以前のブログでも少しふれましたが、この建物は、1931(昭和6)年に「京都アパート」として建てられた鉄筋コンクリート造の近代的なアパートです。

 東京の同潤会アパートなどと同様に、戦前のRC造の近代的集合住宅の嚆矢とも言える貴重な存在です。
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 今後、どうなるのかをネットで調べてみても情報は得られず、とりあえず、以前には撮影していなかった印象的なディテールを中心にまとめてみました。

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【参考】


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# by suzu02tadao | 2017-01-17 08:00 | Trackback | Comments(0)

えちぜん紀行 <丸岡城>

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 最上階の天井の間には四方に窓があって、城主にでもなったような気分で、城下を眺めることができる丸岡城の天守閣は、現存する中では最も古い天守閣らしいです。
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 丸岡城は戦国時代の天正4(1576)年、一向一揆の備えとして織田信長の命により、柴田勝家が甥の勝豊に築かせた城です。
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 姫路城や彦根城など江戸時代につくられた城は、城主の権威を示すために豪華で立派なものが目立つのですが、戦国時代の雰囲気を持つ丸岡城内は、いたって質実剛健で、モダンデザインとも共通する美しさがありました。
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 天守閣には、いたる所に敵に対する備えがあって、壁面に開けられた狭間(さま)と呼ばれる小さな小窓は、ここから石を投げたり、弓や鉄砲を撃つことができました。
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 石垣も「野づら積み」という古い方式です。
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 福井の天気は変わりやすく、晴れていてもすぐに雨が降ってきたりで、薄い雲に覆われていることが多く、丸岡城を別名「霞ヶ城」というのも納得できます。
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 丸岡城の近くには、かつて京福電気鉄道永平寺線が通っていましたが、今でも所々に遺構が残っています。
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 京福電気鉄道丸岡線と永平寺線との接続駅だった場所はバスターミナルになっています。
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【参考】
 昭和9年発行「全国旅行案内地図」より
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# by suzu02tadao | 2017-01-14 08:00 | Trackback | Comments(2)

えちぜん紀行 <レトロ駅舎 -3>

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 誰もいない待合室に置かれた石油ストーブ。

 凍てついた寒い日には火が灯されるのだろう…

 北陸本線の駅でも、王子保(おうしお)駅のように特急列車が停まらないローカルな無人駅には、のどかな空気が流れていました。
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 駅周辺をブラブラすると…
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 ささやかな神社や…

 杉の大木のあるお寺がありました。
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 同じく北陸本線の丸岡駅では、ホームの柱がレールで作られていました。
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 丸岡駅は、かつて京福電気鉄道丸岡線との接続駅でした。
 すぐ近くには北陸本線と立体交差していた丸岡線の遺構が残されています。
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 丸岡駅周辺をブラブラ…
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 北府(きたご)駅(旧称:西武生駅)は、大正13(1924)年の開業当初からある福井鉄道福武線の駅です。
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 数年前に改修工事が行われ、駅舎内は福井鉄道の歴史を紹介したギャラリーになっており、また駅周辺は旧車両が展示されている「鉄道ミュージアム」になっています。
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 もともと福井鉄道福武線は、旧陸軍歩兵第36連隊の兵員輸送を名目に開業した路線で、神明駅(旧称:兵営駅)は戦前にはメインの駅の一つでした。
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 駅前にある変電所の裏手で…
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【参考】
 昭和9年発行「全国旅行案内地図」より
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# by suzu02tadao | 2017-01-12 10:00 | Trackback | Comments(0)

えちぜん紀行 <レトロ駅舎 -2>

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 夜の帳が下りる頃…
 ローカル線の駅舎はまた別の表情を見せます。

 前回に続いて、えちぜん鉄道勝山永平寺線のレトロ駅舎巡り…

 山王駅は平日の朝の時間帯だけが有人駅で、それ以外は無人駅になります。

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 駅舎がいつ建てられたのかは不明で、昼間はどこにでもあるような普通のローカル駅にしか見えなかったのですが…
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 どこかロマンチックで…

 なかなか雰囲気がありますね。
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 勝山駅は、勝山永平寺線の終着駅で、登録有形文化財の駅舎は大正3(1914)年の開業以来のものです。

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 駅舎の中にはレトロなインテリアを活かしたカフェがあるのですが、私が訪れた時はお正月という事もあって、残念ながら閉まっていました。

 開業当時使用されていた「テキ6形電気機関車」が動態保存されていました。
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 最近では恐竜博物館があることで有名な勝山ですが、昔から繊維の町として栄えてきたそうです。

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 はたや記念館「ゆめおーれ勝山」は、明治時代から、布を織る工場である、はたや(機屋)として操業していた建物を保存・活用したものです。
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 内部では昭和時代そのままの織物機械が動いていました。
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 勝山永平寺線の名前の通り、この路線の中で勝山駅と共に中心になるのが永平寺口駅です。
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 現在の駅舎は、洋風の旧駅舎のイメージを採り入れて、新たに建てられたものですが、レールを隔てた反対側には開業時に建てられた旧駅舎があって、地域交流館として使用されています。
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 駅前広場には、旧駅舎同様に登録有形文化財に登録されている旧京都電燈古市変電所があります。
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 かつて永平寺駅と当駅、そして金津駅とを結んでいた京福電気鉄道永平寺線の跡地は、遊歩道に整備されています。
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【参考】
 昭和9年発行「全国旅行案内地図」より
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# by suzu02tadao | 2017-01-10 11:10 | Trackback | Comments(2)