1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
by 大阪モダン
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
以前の記事
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
more...
お気に入りブログ
ヴォーリズを訪ねて
近代建築Watch
レトロな建物を訪ねて
Books & Things
最新のコメント
そうなんです 見所が随..
by モダン周遊 at 11:10
元はホテルだったこの建物..
by 雪だるま at 05:56
あ、並んでません… 実..
by モダン周遊 at 22:53
早起きは三文の徳…といっ..
by モダン周遊 at 22:50
こちら並ばれてたんですね..
by 雪だるま at 21:42
こちらの自由見学 行か..
by 雪だるま at 21:41
今年のイケフェスは例年に..
by モダン周遊 at 19:34
昨年教えていただき 今..
by 雪だるま at 16:11
私が行ったのはオープンの..
by モダン周遊 at 12:25
これは知りませんでした ..
by 雪だるま at 05:36
メモ帳
最新のトラックバック
シャガール、ピカソ、マテ..
from dezire_photo &..
シャガール、ピカソ、マテ..
from dezire_photo &..
マルモッタン・モネ美術館..
from dezire_photo &..
美は幸福を約束するものに..
from dezire_photo &..
【姫路の老舗映画館が消え..
from ジョニー暴れん坊デップの部屋
個性的なビルがいっぱい:..
from 本読みの記録
ライフログ
検索
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


アールデコの華『女性』

c0239137_12353764.jpg

 前回取上げた伏見ビルを見学しているうちに、雑誌『女性』のことを思い出しました。
 山六郎がデザインしたタイトルロゴの書体は一世を風靡し、まもなく無声映画の看板やのぼり旗に多用されて人気書体になるなど、『女性』は「阪神間モダニズム」の勃興に寄与するとともに、大大阪時代を彩った雑誌でした。

 この『女性』は、1926(大正15)年の新年号ですが、山六郎の手がけたアールデコ調の表紙画が、傷みの激しさゆえに、なんとなく古代遺跡の壁画のような風合いもあって、これはこれで味わい深く感じられます…

 巻頭を飾る口絵はファン・ゴッホ「花」。
 ゴッホは当時から日本人には人気があったようですね…
c0239137_12353044.jpg

 他にも口絵にはピカソ「エチュード」があって、この雑誌のハイカラさを表しているかのようです…
c0239137_12414166.jpg


 そして、大正モダンを代表する竹久夢二の挿絵(劇場スケッチ)。
c0239137_12351470.jpg
c0239137_12350555.jpg


 水上瀧太郎「大阪の宿」の他、山六郎のカットがふんだんに使われています。
c0239137_12345515.jpg

 山名文夫も、この頃には既に山六郎とは違った作風を確立していたことがわかります。
c0239137_12585879.jpg

 1922(大正11)年、大阪の化粧品会社の中山太陽堂は出版社「プラトン社」を設立。同年の5月に、女性を読者層にねらった斬新な文芸誌『女性』を創刊しました。
 小山内薫を編集長に、おもな執筆者には、泉鏡花、谷崎潤一郎、武者小路実篤、大佛次郎、与謝野晶子らがおり、関東大震災で東京の出版界が被災したこともあって、大いに発行部数を伸ばしました。

 しかしながら、大日本雄弁会講談社が雑誌『キング』を創刊するなど、東京の出版社が復活を遂げると、プラトン社の経営は悪化。『女性』は翌年に創刊された『苦楽』とともに、プラトン社が廃業する1928(昭和3)年5月をもって終刊となったのでした。
c0239137_12343601.jpg

 裏表紙は「クラブ化粧品」の広告。
c0239137_12342537.jpg

[PR]
# by suzu02tadao | 2017-11-16 09:00 | Comments(0)

アールデコの華「伏見ビル」

c0239137_08390354.jpg

 青山ビル、北浜レトロに続いて…この伏見ビルも以前に当ブログで取り上げており、毎年、イケフェスで見学していますが、いわゆる大正モダニズムが花開いた時代に建てられたこのビルは、いつ訪れてもフォトジェニックです…

c0239137_08385221.jpg

 植物を思わせる有機的なデザインのアールヌーヴォーの時代に続き、近代的都市生活に対応した幾何学的なフォルムのアールデコは、ヨーロッパ及びアメリカを中心に1910年代半ばから1930年代にかけて流行しましたが、1923(大正12)年に建てられた伏見ビルは、まさに流行の最先端を行くものだったと思われます。
 ちなみにアールデコの名称は、1925年にパリで開催された現代産業装飾芸術国際博覧会(Exposition Internationale des Arts Décoratifs et Industriels modernes)の略称「アールデコ博」で花開いたことに由来します。

c0239137_08384414.jpg

 伏見ビルができた年には関東大震災があり、この後、大阪は東京を凌ぐ大都市として、文化・芸術・産業の中心となり、「大大阪」と呼ばれる、華やかで活気にあふれた黄金時代を向かえたのでした…

c0239137_08383512.jpg

 しかし…昭和恐慌により経済・産業が大打撃を受けた大阪は、さらに戦争の時代へと向かう中で衰退して行きますが、時を同じくして、機能性をより一層重視したモダニズムが主流になったために、アールデコの流行も終了したのでした。

c0239137_08380898.jpg

 その後、アールデコは、1966年、パリで開催された「25年代展」以降に無味乾燥なモダンデザイン批判やポスト・モダニズムの流れの中で再評価されたのでした。

c0239137_08382560.jpg

c0239137_08381649.jpg

 伏見ビルの中に足を踏み入れると、そこには大大阪時代の空気が今も流れているような気がします…

c0239137_08375927.jpg

[PR]
# by suzu02tadao | 2017-11-14 07:00 | Comments(2)

優雅なトイレ∵ 北浜レトロ∴

c0239137_09322168.jpg
 北浜レトロは、前回の青山ビルと同じように昨年もイケフェスで見学していたのですが、この素晴らしいトイレには気づきませんでした…

c0239137_09321379.jpg
 トイレ器具、洗面台、照明器具など、全て英国製のトイレは、食べログにも載るほど有名で、どこかのサイトで「ここでそのままお茶してもいいくらい…」とありましたが、まったくその通りだと思いました。

 それにしても、通常の営業時にはこのような写真はなかなか撮れませんので、本当にイケフェスに感謝です!
c0239137_09320416.jpg

 トイレの入り口付近…窓の向こうは土佐堀川。
c0239137_09315501.jpg

 昨年とは別のアングルで店内を撮影…
c0239137_10020869.jpg

c0239137_10020379.jpg

c0239137_10015776.jpg

 壁面を飾る絵が昨年とは違っていました。
c0239137_10015019.jpg



[PR]
# by suzu02tadao | 2017-11-12 07:00 | Comments(2)

SPECIALな…青山ビル

 今年のイケフェスではガイドツアーに応募したものの、全て抽選で外れてしまいましたが、青山ビルのガイドツアーは当日の先着順だったため、たまたまタイミング良く参加することができました。

 青山ビルは以前にも当ブログで取り上げるなど、幾度も見学していたのですが…
c0239137_17291465.jpg
 蔦の葉の間から自然光が降り注ぐアーチ窓が、建てられた当初からのオリジナルのものだという話を、先代からビルを受け継いでこられた現オーナーである青山さんから直接お聞きするというのも格別でした…

c0239137_17290685.jpg

 ねじり細工で作られた階段の手すりなど、現在では復元不可能なものが随所にあって、近代建築史上貴重なビルであるということを、改めて認識することができました。
c0239137_17285993.jpg

c0239137_17285204.jpg

c0239137_17284570.jpg

c0239137_17283792.jpg

c0239137_17282823.jpg
 普段は未公開の部屋も見学できて、なんとなく知り合いの家におじゃましたような気分でした…
c0239137_17281997.jpg

c0239137_17281116.jpg

c0239137_17280090.jpg

 ヒビが入ったため取りかえられたステンドグラス。
c0239137_17275280.jpg

 かつて料理などを運んだリフトの跡。
c0239137_17274463.jpg

 建物の裏側、当初は日本庭園に面していました…
c0239137_17273640.jpg

 4階のかつての屋上庭園から西側の眺め。隣の伏見ビルの屋上が少し見えています…
c0239137_17272617.jpg

c0239137_17271590.jpg
 外壁を覆う蔦は2代目で、甲子園から株分けしてもらったという話は有名ですが、ほとんど手入れをせずに短期間で生育するという条件にかなう蔦がなかなか見つからず、行きついた先が甲子園の蔦だったということです。

 こんなところにも阪神園芸の凄さを改めて知ることができました。
 ちなみに青山さんはタイガース・ファンとのこと…
c0239137_17270566.jpg

[PR]
# by suzu02tadao | 2017-11-10 08:00 | Comments(2)

原田産業ビル

c0239137_11384614.jpg

 原田産業は1928年に小笠原祥光が設計したものである。本町の内田洋行も小笠原の作品であるが、いずれも楽しい商店建築である。原田ビルでは、正面の広々とした窓、向かって右手の玄関のデザイン、そして玄関ホールから上っていく階段ののびやかさなど、つくった人のしゃれたセンスが伝わってくる。
 海野弘著『モダン・シティふたたび』より

c0239137_11383948.jpg

c0239137_11383211.jpg

 この建物の見どころは、なんといっても吹抜ホールの大きな窓と階段ですが、原田産業の4代目に当たる現在の社長は、大学で建築を学んだ経歴の持ち主で、建物の価値を損ねないよう、新しく取り付ける空調や照明などの配管を一切露出させないようにしているとのことで、部屋のインテリアなども当初のオリジナルの状態に保たれており、とても魅力的でした…

c0239137_11382498.jpg

c0239137_11381750.jpg

c0239137_11380948.jpg

c0239137_11380100.jpg

c0239137_11375393.jpg

c0239137_11374510.jpg

 床のタイルも凝っています。
c0239137_11373804.jpg

 以上はイケフェスの時に撮影したものですが、以前に撮影した外観写真もいくつか…
c0239137_11483342.jpg

 小笠原祥光については経歴がちょっと面白い…
 最初は鉄道院に就職し、赤レンガの東京駅で建設工事等を担当した後、住友総本店に移ってから来阪。独立して建築事務所を開設する前の1年間だけ渡辺節の事務所に籍を置いていましたが、その時は、一回りほども若い村野藤吾と仲が良かったそうです。
c0239137_11372786.jpg

 海野弘著『モダン・シティふたたび』の中では、原田産業ビルは「失われた地名」というタイトルで紹介されています。
 堺筋から安堂寺橋通に入る。船場の中でも私が好きなストリートの一つだ。といっても町名改正で、南船場なる、のっぺらぼうな名になってしまっているのだが。
 東横堀川に架かる安堂寺橋の通りを西へ行ったところに建つ原田産業ビルですが、すぐ近所には大阪農林会館もあって、この通りはまだ1920年代の雰囲気をたたえている。と記しています。
c0239137_11371973.jpg

c0239137_11370841.jpg

【参考】原田産業のホームページ(ギャラリー)
c0239137_11365615.jpg

[PR]
# by suzu02tadao | 2017-11-07 08:15 | Comments(0)