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『怪奇美の誕生』 園頼三ここのところ関西の各地では古本市が目白押しで、私も大阪と京都で開催の3ヵ所に行ったのだが、最初に行った「本で創る部屋&古本市」で、この『怪奇美の誕生』に出会い、なかなか幸先の良いスタートを切ったのだった…。 著者である園頼三(その らいぞう、1891-1973)については、私は全く知らなかったのだが、タイトルと装幀の雰囲気に魅かれて、とりあえず中身を見ると、エゴン・シーレについて書かれており、作品も図版入りで載っていたので、改めて刊行年(昭和2年)を確認して、ちょっと驚いた…。他にもムンク、ゴヤ、ヒエロニムス・ボッシュなどもとりあげており、値段も上図のような状態のため、それほど高価でもなく、即座に購入を決めたのだった。 帰宅してから、読み進めるうちに、シーレについて書かれた「絵画上のエロティック」の中で、例えばグスタフ・クリムトと比較しながら述べている次のくだりなど、実に的確な批評になっていて感心した。 <クリムトがエロティックを外へ外へと追うてゆくのに反しエゴン・シヰエーレは、内へ内へと求めてゆきます。末梢神経へ皮膚へそれから更に皮膚から着物へエロティックの電流を導き出し、押し拡げて行くのはクリムト。エゴン・シヰエーレの方では生の根元力(ウルクラフト)としてエロティックを見てゐます。それが人間に襲ひかかるその凄まじい力をシヰエーレは見詰めてゐます。相反してゐながらクリムトとシヰエーレは深く結び付いてゐます。クリムトなしにシヰエーレを想像できない位です・・・・・。~> ※1927(昭和2)年の雰囲気がわかるように、人名表記等は原文のままにしています。 ◇エゴン・シーレ「裸婦」(『怪奇美の誕生』より) エゴン・シーレが、日本でもよく知られるようになったのは、1970年代になってからだったはずで、すでに1920年代にこのように紹介されていたことを知った私はある種の感動さえ覚えたのだった。 園頼三は、京都帝国大学卒の美学者で、心理学的・現象学的な解釈からハルトマン、ハイデッガーらの存在論的美学にまで研究を深めたということだが、この本を読みながら、同じように心理学の見地から美術評論を行い京都市立絵画専門学校校長を務めた松本亦太郎のことを思いだした。 松本亦太郎は『現代の日本画』(大正4年刊)の中で、第7回文展で落選した北野恒富の作品で、心中への道行きの男女を題材にした「朝露」(※注)について書いているのだが、それと共通するものを、私は園頼三にも感じる。 (※注:現在は「道行」と改題されて福富太郎コレクションになっています。) なお、『怪奇美の誕生』自体は新聞や雑誌で発表したものを集めたもので、「巴里雑景」と題した随筆もあり、以下、さわりだけを紹介すると・・・・。 <セイヌの河岸 動くともなきセイヌの流れの表を川蒸気がすうっとすべって来たと思うと、ゆらゆらと灯かげ砕けてぐいと、半円を描いて船が消えてしまう。 ウィスラーの『夜曲(ノクターン)』を思わせる橋の陰を一層濃く塗りつぶすのはノートルダムだ。島を廻って船は行ってしまったのである。両岸の石垣に添って舗道が遥かにつづく。片側の街からさす灯かげをうけたばかりでは、樹の下闇はしみじみとさみしい。~> このように小気味良いリズム感のある文章を読んだ私は、永井荷風の『ふらんす物語』をとりだしてきて、荷風が巴里に到着した場面などの記述と比べてみたのだが、遜色がないように思われた。 なるほど、園頼三は詩人としても、この本の装幀をした船川未乾が画を担当した詩画集、『自己陶酔』、『蒼空』を著しているというのもうなずけるのだった。 船川未乾(ふなかわ みかん、1886-1930)も興味をそそられる画家で、以下がその略歴である。 京都生まれ。大正3年渡仏、アンドレ・ロートに師事。帰国後は個展を中心に活動。ナポリにて病死。享年44歳。 さて、「本で創る部屋&古本市」は、竹久夢二や中原淳一が好きな「夢見る女工さん」の部屋を本で表現した展示との併設というユニークな古本市で、会場である大阪の繊維卸業街の中心にあるOSKビルの内部は、これまたなかなか雰囲気のある所で、その意味でも楽しめたのであった…。
by suzu02tadao
| 2012-11-04 14:13
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