1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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パリ万博日本館 1937年

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 1937(昭和12)年のパリ万国博覧会で、坂倉準三(1901-1969)が設計した日本館です。日本の伝統的建築の特長とモダニズムの理念を統合したということで、建築部門のグランプリを受賞しています。
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 「輝く日本大博覧会」の各パビリオンがモダニズム建築であったということは、以前にも紹介しましたが、下鴨で手に入れた『美的文化』森口多里著(昭和16年刊)の中に、1936(昭和11)年10月3日の東京日日新聞の記事「博覧会の建築」が載っていたので取りあげてみます。

 <昭和十二年パリに開催の万国博覧会における日本館の問題は、日本の現代文化の国際的展開の一つとして、もっと盛んに論議されてよいものである。そしてこの問題はひとり建築家だけに任せておくべきものではなく、現代日本の創造力の問題として、一般文芸家及び美術家の切実な関与が求められてよい。>

 ここで言う<万国博覧会における日本館の問題>というのは、国際文化振興会など五協会から設立された巴里万国博覧会協会より提出された「日本文化を世界に宣揚するに足る」日本館の設計案ということでアイデアコンペが行われ、モダニズムの造形の典型ともいえる前川國男案が選ばれたのですが、協会から「日本的」なものを表現していないというクレームがつき、代案として日本趣味的造形をもつ案が採用となったことから建築界で問題になったことを指しています。

 <万国博覧会に出陳される日本館の設計に最も欠乏していたものは、豊富な想像性であったと私は考えている。想像性などという言葉は従来の建築家の耳から最も遠いものであった。殊に合理主義乃至機能主義が日本の建築界を風靡し、先輩達は無自覚にそれに迎合し、それがアメリカ式実利主義教育の無意識的援護を得て以来、建築界の想像性は益々貧しくなって行った。>

 <建築家が合理主義の美名に隠れて一種の安易をむさぼっていたことに対する反動である。
 今度の日本館の設計を私は見ていないが、外国の建築と何等選ぶところが無いとの理由で当局がこれを排したのも、恐らくは右のような安易から結果した非創造性に対する不満であろう。そうとすれば当局の主張も当然である。しかし、その代案として過去の様式をむき出しにした設計を求めることには、勿論賛成できない。しかし、建築に対しても、またあらゆる造形活動に対しても日頃無関心であった筈の当局が、造形上の「日本的」ということを皮相に考えたとて、今更驚くにも当たらない。>

 <想像性の豊かな建築家にとっては様式の差別などは問題ではない。日本の歴史的様式も西欧の急進的様式も単に想像性によって利用され消化される「要素」であるに過ぎない。日本的だの西洋的だのという意識に動かされている間は未だ想像性が希薄なのである。>


 さすがに美術評論家だけあって、森口多里(1892-1984)は美術家に対するのと同様の批判を述べて建築家を挑発しています。

 <日本の建築界は~(略)~合理主義によって歴史的様式の無自覚な繰返しを否定されたのであるから、その浄化の上に今度は新しく想像性の豊かな活動を喚び醒まし、建築に創造的精神の具現を求むべきであり、それには今回の日本館の設計の如きは最もよい機会だった筈である。>

 まさに坂倉準三が設計した日本館は、森口多里の批判に応えるものであったといえます。

 参考までに坂倉準三は、パリ万博日本館の設計思想を要約して、1.平面構成の明快さ、2.構造の明快さ、3.素材の自然美の尊重、4.建物を囲む自然(環境)との調和、という特徴を挙げています。

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by suzu02tadao | 2013-08-27 11:20 | Comments(0)
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