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1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
by 大阪モダン
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佐伯米子 <帰りたい風景>

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 水上瀧太郎の小説『倫敦の宿』(昭和10年刊)の装幀は、ちょっと凝ったもので、帙のようなハードカバーの見開きには、まるでヴァン・ドンゲンの作品を思わせる妖艶な女でありながら、どこか清純な雰囲気が漂う、軽妙なスケッチ風の絵があって…

 誰だろうと思ったら、佐伯米子でした。

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 佐伯米子(1903-1972)は早世の天才画家として知られる佐伯祐三の妻で、夫と共にフランスに渡り、ヴラマンクに師事。「アルルのはね橋」がサロン・ドートンヌに入選するなどしましたが、夫・祐三と娘・彌智子がフランスで相次いで亡くなると帰国。
 その後は二科会展に出品し、戦後は、二紀会の同人となり、三岸節子らと女流画家協会を創立して活躍しました。

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 洲之内徹は帰りたい風景 気まぐれ美術館の中で、佐伯米子の絵について次のように述べています。

 とにかくこの数日、私は佐伯さんの絵の爽やかで楽しく、優しい印象で、不思議に安らいだ気持の中にいる。生き返ったような心地である。

 この時の絵は佐伯米子が郷里の吉浦へ帰っていたときに描いたものでしたが…

 また風景の話になって、吉浦の風景だってただ懐かしいばかりじゃない、何か、本物の風景は別にあるのだという気がしてならない、と佐伯さんは言うのだったが、それを聞いて、私は、佐伯さんの風景の懐かしさは、その、眼の前にあるのとはちがう帰りたい風景への懐かしさなんだなと思った。これが佐伯さんの風景なのである。

 佐伯米子は戦後もフランスに渡り、そのときのパリ風景の素描の作品展を洲之内徹の「現代画廊」で開いていますが、昭和28年の雑誌『』6月号にはチュルリー公園の詩人と題して、佐伯米子が絵と文を載せていました。
(以下抜粋…)

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 ふとみると一つの樹蔭げの椅子に老人が、ただ一人ぽつねんと物思いにふけっていました。黒いそまつな服を着たそのおじいさんは詩人でした。
 次の日に私共はオペラにゆこうとして同じ公園の入口の辺で、ばったりまた、昨日のおじいさんにあいました。その時老人は大そううれしそうに、あいさつして、一つの手紙をわたされました。
 いそいでいたので、そのままわかれて、ダルソンヴルや、マルゴ・ホンテーンの出演するオペラに、かけつけました。
 帰りもおそかったので、そのまゝわすれていて、翌日になって、食事中にふとおもい出して、その手紙をとり出して、みましたら、それは日本の女――、私のためにつくって下さった、美しい詩でございました――。


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by suzu02tadao | 2017-06-21 07:00
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