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2017年 07月 12日 ( 1 )

モダン心斎橋筋 <文化発信>

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 大正13(1924)年、心斎橋筋2丁目にひときわモダンなビル、「丹平ハウス」が誕生しました。

 今治水や健脳丸で知られる丹平製薬が建設した画期的な複合商業ビルで、1階には薬局のほかに、アメリカ式の大理石のカウンターや最新式の清涼飲料機械が導入されたソーダ・ファウンテンがあり、上階には美粧部(美容室)や写真スタジオ、そして赤松麟作の洋画塾「赤松洋画研究所」がありました。

 「赤松洋画研究所」は夜間部も備え、画家をめざす若者だけではなく、近隣の大丸などの百貨店から、デザイナーたちもデッサンに通ってくるほどの人気ぶりでした。
 このように、最新流行スタイルのモボ・モガや先進的な文化人たちが集う「丹平ハウス」は、まさに大阪のモダニズム文化の発信地でした。

 下図は前回取り上げた「心斎橋筋案内」がつくられたのと同じ昭和2(1927)年の丹平製薬の従業員ノートですが、赤松麟作が手がけたと思われる、ジャワの影絵人形をモチーフにしたエスニックなデザインがなかなかオシャレです…

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 「心斎橋筋案内」を見ると、「丹平ハウス」の向かいにあって、共に大阪のモダニズム文化の発信地となった「をぐらや」のビルは建設中になっています。
 また、八幡筋の東角に今もある「不二家」や「森永キャンデーストア」など、モダン心斎橋筋を彩った店もこの時点ではまだできていません。

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 かつて「丹平ハウス」があった現在の場所です…
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 「丹平ハウス」の隣は「小大丸」。

 小大丸の店先に吊られた提灯と、黒く光る軒柱は、昔の心斎橋筋をしのぶ唯一のものであらう。どうせ世の中が変つてしまへば、人間の生活が変つてしまへば、このクラシツクが、却つて、モダアンぢゃないかとおもはれるほどの、ちか頃の心斎橋筋である。

 北尾鐐之助 が<心斎橋筋の一考察 『近代大阪』>の中で上記のように述べていた「小大丸」も今はビルの中です。
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 昭和のはじめから今も同じ場所にある店は、本当に貴重になってしまいました…
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 ところで、「不二家」の角を曲がったところの八幡筋は当時、美術・骨董街だったようで、畳屋町八幡筋角にあった「柳屋画廊」も大阪のモダン文化の一翼を担う店だったと言われています。
 下の写真は「柳屋画廊」があった辺り。この道を奥(東)に歩いて行くと「浪花組本社ビル」があります。
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 美術・骨董街の面影もないわけではありません…
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 さて、下図は「心斎橋筋案内」の1丁目の北端です。
 現在、石原時計店の「石原ビル」が淀屋橋のランドマークになっていますが、この当時、心斎橋のランドマークは石原時計店のビルでした。
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 その当時の絵葉書より…心斎橋と「石原時計店」。
 アサヒビールの看板の「いろは食堂」も有名だったようです。
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【参考】大阪市パノラマ地図(大正12年当時)
    心斎橋筋1、2丁目(丹平薬局があった辺り迄)
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by suzu02tadao | 2017-07-12 07:00 | Comments(2)