1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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2017年 08月 27日 ( 1 )

道頓堀今昔 『大阪弁』-1-

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 「大阪ことばの会」編集による雑誌 『大阪弁』は、方言を中心に研究していた郷土史家・牧村史陽によって、昭和23~26年にかけて第7集まで発行されました。
 昭和26年8月1日発行の『大阪弁』第6集は、ミナミの特集で、五座の櫓がずらりと軒を並べ、赤い灯、青い灯のカフェーに彩られた、戦前の道頓堀の様子が書かれています。

 その中で、竹沢淳「女給さんから社交嬢へ」のイラストは、「大阪の夢二」といわれた宇崎純一(1889‐1954)が手がけています。
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 女給さんの仕事が舶来である事を立証するのは、エプロンだけでなく、女給さんの居る店を「カフェー」と呼んだことである。
 カフェーの店頭には「西洋御料理」と書いてあった。~(略)~
 西洋料理を食べて、ビールを飲むのである。それを運んで来て横に座ってサービスしてくれる女給さんの仕事は何と云っても舶来である。
 当時の西洋料理で一番人気のあったのは、カツレツ、オムレツ、ハムサラダであった。勿論殆んどがビーフである。それをナイフとフォークで食べるのですぞ!ソースを皿に溢れる程かけるのですぞ!

 大正時代には、カフェーの女給さんはイラストのようなエプロン姿でしたが、昭和のエロ・グロ・ナンセンス時代になり、ユニオン、赤玉、マルマタ、美人座などのいわゆる大カフェーのエロ・サービスが流行り出すと、給仕をしなくなったため、エプロンも小さくなり、大きなリボンがついただけの単なるファッションになったということです。
 なるほど、このようなイラストは、大正時代のカフェーを知る宇崎純一でなければ、描けないというわけですね・・・


 また、「春のおどり」をはじめ松竹座の舞台の企画を手がけた食満南北は「私のしつてゐる南」の中で、次のように述べています。

 面白いではないか。一体道頓堀の
旗のバー
 なんて云ふものからソロ/\堕落しはじめて、とう/\勝ったり負けたりして、今のやうになつてしまつたのだ。
 ~(略)~
 五十年以前、まだ南北が紙衣姿にならぬ頃、キャバレーの、映画の、SPの、OSの、加工ずしの、電髪の、ワンピースの、ストリップショーの、そんなやゝこしいもののなかつた五十年前、・・・

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 ただし、昔から道頓堀界隈は歓楽街であり、花街でした。
 しかし、そこにはしみじみとした情緒があったといいます。
 その辺りを宇野浩二が少年時代の回想を元に書いていますが、昭和初期から風俗画家として活躍した、藤原せいけん(1902-1993)のイラストが趣きをそえています…
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 ここで、大正時代と昭和10年頃と思われる道頓堀の絵葉書を比べてみると…
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 通行人の服装が変化しており、特に男性と子供は大正時代には和装だったのが、昭和になるとほとんどが洋装になっているのがよくわかります。


 さて、戦前ばかりではなく、戦後のミナミを描いた小説、京都伸夫「大阪の恋人」も載っています。
 イラストを手がけた米良道博(1903-1983)は、信濃橋洋画研究所で小出楢重や鍋井克之らの指導を受け、戦前は二科会、戦後は一陽会で活躍しました。
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by suzu02tadao | 2017-08-27 08:00 | Comments(0)