1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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2017年 08月 29日 ( 1 )

道頓堀今昔 『大阪弁』-2-

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 大阪の食い倒れというが、ちか頃道頓堀では「食い倒れ」という飲食店ができた。近年華々しい洋行から帰ったこの家の経営者でも考えたのであろう。昔の櫓太鼓に代って、入口の西洋人形が、ジャングル劇のような一本調子の小太鼓を叩いている。

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【参考】
 今では、大阪を代表する有名人?として、歴史上の人物と肩を並べるほどになっています…!
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 かつてモダン都市として大きく変貌しながら躍進してゆく大阪の街を、好意的な眼差しで綴った『近代大阪』(昭和7年刊)の著者である北尾鐐之助ですが、『大阪弁』では、戦災の後、再建しつつある道頓堀が戦前とはあまりにも様変わりしてしまったため、その姿を嘆きながら、上記に続いて次のように書いています…

 道頓堀は消滅した。戦後五年、すべてがおもうようにならぬ世の中ではあるが、せめて一人位「大阪道頓堀の保存再建」を叫ぶ人がありそうなものである。日本橋の北詰にある「安井道頓、道卜紀功碑」が、雨にぬれてすゝり泣くようである。
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 五座の櫓に代わって、派手なネオンや看板がずらりと並ぶ今の道頓堀は、昔とはまったく別の街になったといえるでしょう…
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 さて、もうひとつ面白いと思ったのが、すでに『暮しの手帖』を発刊していた花森安治が書いた「大阪紳士風景」(「新大阪」新聞:昭和26年6月8日)が載っていたことです。
(以下、抜粋)

 衣裳というものは、人間のレッテルみたいなものだ。
 馬子にも衣裳などとは、すこし古いが、れっきとした紳士でも、ひとたびアロハを着ると、トタンに見ただけではどうしてもヨタモン、ゴロツキ、バラケツ、不良ということになる。~(略)~
 だから、いまも昔も、中味が三級酒的人物ほど特級酒的レッテル的衣裳を身にまといたがるのは、洋の東西を問わぬところ、~(略)~
 そこへゆくと、大阪人というのは、三級酒はチャンと三級酒のレッテルをはっているのがえらい。カンカン帽にステテコで、平気で心斎橋あたりを歩いている。
 東京で男が日傘をさして歩いていると、みんなビックリしてふりかえるが、大阪紳士は、例の裏青表白の日傘を、サッソウとしてかざしている。~(略)~
 ところが、時移り世は変り、ちかごろはオッサンもオバハンも、オジンもオバンも、大阪中で猫も杓子もビニプロというのを愛用しはじめたらしい。ビニプロ、正しくいえば、ビニイルの風呂敷。
 雨が降っても、持ち物がぬれないでいい、いざといえば頭にかぶれます。~(略)~
 しかし、待ちなさい。ステテコも日傘も、理屈にかなっていて正直だから賛成するのだが、ビニプロは、雨の日以外は、理屈にかなわぬ。天気の日にコーモリ傘さして歩いたら、いくら日傘におどろかぬ大阪でも、アホかいな、でしょう。ビニプロも同じこと。これでは三級酒がショウチュウのレッテル貼ってるみたい。戦後は、さしもの大阪紳士もヤキがまわりましたな。


 表紙の絵は、信濃橋洋画研究所で小出楢重に学び、戦前は二科会、戦後は二紀会で活躍した田村孝之介(1903-1986)です。
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 田村孝之介はこの情景がとても気に入っていたようで、同じような絵を、藤沢桓夫と共著の『大阪 我がふるさとの… 』(昭和34年刊)にも載せています。
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by suzu02tadao | 2017-08-29 07:00 | Comments(0)