1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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<   2013年 03月 ( 13 )   > この月の画像一覧

神宮徴古館など…<モダン・伊勢名所 -3->

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 以前にもとりあげた神宮徴古館。
 時間が無かったので内部は見学できなかったが、神宮崇敬の歴史と、日本の文化を示す「歴史と文化の総合博物館」ということで、国の重要文化財を含む貴重な資料が所蔵されているそうだ。
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 設計者の片山東熊(かたやま とうくま、1854-1917)は、辰野金吾らと共にジョサイア・コンドルに学んだ工部大学校造家学科の第一期生で、皇室関連施設の設計に数多く携わり、宮廷建築家と称されていた。
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 戦災により創建当初とは屋根の形状は変わっているが、ルネッサンス様式の本格的な西洋建築は間近で見ると、やはり威厳が感じられる。
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 前庭はベルサイユ宮殿を模している。
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 徴古館と同じ片山東熊の設計による木造建築の農業館。
 この建物は1891(明治24)年に創設されたもので、やはり、国の登録有形文化財だが、平成8年に移築・復元されており、まるで新築のようだった。
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 その他、伊勢のレトロな建物を少々…
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by suzu02tadao | 2013-03-30 14:45 | Comments(0)

宇治山田駅<モダン・伊勢名所 -2->

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 今年の10月には伊勢神宮の式年遷宮がおこなわれるということで話題になっているが、1931(昭和6)年に伊勢神宮最寄りのターミナル駅として開設された宇治山田駅の駅舎本屋は、国の登録有形文化財にも登録されており、まさに駅舎建築の粋が集められている。
 設計したのは、南海ビルディングや東武鉄道浅草駅を手がけた久野節(くの みさお、1882-1962)で、幅120mの堂々とした外部壁面を覆うクリーム色のテラコッタ・タイルの装飾とスペイン瓦により、壮麗な雰囲気を醸し出している。
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 要所にあしらわれた装飾の配置とバランスがすばらしく、設計者の並々ならぬ力量を感じさせるが、駅前のロータリーに設置してある外灯が駅舎とマッチしない無機質なデザインで、せっかく避雷針のデザインにも凝っているのに、惜しいと思う…。
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 装飾のひとつひとつが凝っている。
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 入口上部に並ぶ八角形の窓は三種の神器の八咫鏡をモチーフにしているという。
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 プラットホームから見ると、何の変哲もない普通の駅に見えるのが、またいい…。
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 明治以降、日本のモダンデザインの歴史の中で、この宇治山田駅舎はまちがいなく様式建築の傑作であることがよくわかり、今度、東京に行く機会があったなら、昨年、元の姿に戻った東武鉄道浅草駅をぜひ見てみたいと思った。
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【参考】大軌参急沿線案内(昭和8年)より
※宇治山田駅が終着駅であったことがわかる。
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by suzu02tadao | 2013-03-27 11:26 | Comments(0)

幻の五新線 ②<バス専用道>

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 鉄道路線としては未成線となった五新線だが、現在、五条 - 城戸間はバス専用道路として奈良交通バスが運行されている。
 しかしながら便数は少なくて、平日で5往復、土休日は早朝の1往復だけとなっている。
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 なお、カンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞した河瀬直美監督の映画『萌の朱雀』の路線バスの場面は、主に賀名生停留所の周辺で撮影が行われたという。

 この時、私はツアーに参加したのでバス専用道を歩いたが、普段は一般車両および徒歩での通行は禁止となっている。
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 以前も紹介したとおり、賀名生は梅の名所だけあって、近辺の道路脇には美しく咲く梅の花が目立っていた。
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 賀名生から城戸まで歩いたが、途中にはいくつかのトンネルがあったり、橋を渡ったりで、風景に変化があり、ハイキングコースとしてはそこそこ面白いと思った。
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 専用道城戸バス停の待合室は、まるで時が止まったかのように昭和レトロな雰囲気だった…。
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by suzu02tadao | 2013-03-24 13:05 | Comments(0)

幻の五新線 ①<遺構と新町通り>

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 五新線(ごしんせん)は、かつて、奈良県五條市の和歌山線五条駅から紀勢本線新宮に至る路線として計画された鉄道路線(未成線)。
 沿線で切り出された木材を鉄道で輸送させる構想で、1939年に着工。太平洋戦争のため工事は中断するが、1957年に工事を再開し、1959年には五条-城戸間の路盤は完成した。しかしながら、経済社会情勢等の変化によって、採算が見込めないことから、結局列車が走ることなく計画は断念された。
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 五條市の中心部にある国道24号線と交差する辺りから、五新線の遺構であるモダンなアーチ形の高架橋が吉野川まで続いている。
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 このアーチ橋と交差している旧紀州街道沿いの通称「新町通り」は五條市の観光名所で、江戸時代からの建物も多く、古い町並みが残っている。
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by suzu02tadao | 2013-03-21 17:04 | Comments(0)

賀名生梅林

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 賀名生(あのう)梅林は、奈良県五條市(旧吉野郡西吉野村)にある丹生川の下流沿いの谷にあって、丘陵を麓から中腹までおおい尽くすように2万本の梅が咲き誇る奈良県下有数の梅林として知られている。
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 さながら雲海のように純白や薄紅色の花で埋め尽くされ、ほのかな香りを山里に漂わせている。南北朝時代に都を追われた公家も梅の花を歌に詠んでおり、当時からすでに梅の名所として知られていたことをうかがわせる。
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 賀名生は南北朝時代に南朝(吉野朝廷)の首都となった地域の一つで、従者の住まいだった皇居が現存しており、国の重要文化財に指定されている。
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 雅やかで壮観な風景の中の梅一輪が、このささやかな皇居の気高さを象徴しているようにも思えた…。
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by suzu02tadao | 2013-03-19 22:45 | Comments(0)

大阪城梅林

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 大阪城梅林は、約1.7万平方mの広さに約100品種1270本の梅が植えられており、品種の豊富さでは関西随一の梅園となっている。
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 ひなびた田舎に咲く可憐な梅花も、なかなか趣があって良いけれど、「錦城」の別称をもつ大阪城には色とりどりに咲き誇る梅林がよく似合う…。
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 高層ビル群をバックに広がる梅林を見るのもなかなか乙なもので、現代の新しい梅の観賞の仕方なのかもしれない。
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by suzu02tadao | 2013-03-18 17:34 | Comments(0)

キャバレー・ヅ・パノン<旗の酒場>

◇キャバレー・ヅ・パノン(旗の酒場)の表入口
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 <その時分には東京では洋画家の松山省三氏のプランタンや、鴻の巣などで北原白秋、木下杢太郎、吉井勇、木村荘八、平岡權八郎や、死んだ岸田劉生の諸氏などが集って、パンの会だの何だのと自由な会合が開かれて、吾々を羨望さしたものだ。それに当時仏蘭西から帰った人達に巴里のマロニエ樹下のテラスで一碗のコーヒ、一杯のコニヤックで暮れかぬる永いツワイライトを楽しんだ話などを聞かされて、エキゾチックな憧憬をもってゐた。恰度この時分に友人のA氏が支那栗を初めて大阪に輸入した店を道頓堀に出してゐた近親の人に勧めて、中座の前の古めかしい芝居茶屋の隣りに白亜のセセッション風な酒場を出さした。それが大阪の酒場の始めで、Cabaret・De・Pannon、旗の酒場と名付けられた。>

 先日の「第4回 水の都の古本展」で、以前から探していた、鶴丸梅太郎の「道頓堀カフエー黎明期を語る」が載っている『上方』道頓堀変遷号(昭和7年)を入手することができた。

 鶴丸梅太郎は画家で、ステンドグラスの工芸家としても活躍した人だが、上記の文章の中で、友人のA氏とあるのは、以前にもとりあげた画家の足立源一郎のことで、「キャバレー・ヅ・パノン」の名付け親でもあり、店舗の外装及び内装にも深く関わっていたようだ。また、設計したのは山田伸吉の父の山田敏之介だといわれている。
 なお、キャバレー・ヅ・パノン(旗の酒場)は、足立源一郎がフランスに留学した年にできたようで、そうすると、1914(大正3)年ということになる。

 道頓堀のカフェーというと、女給が濃厚なサービスをする風俗店のイメージだが、草創期のパノンは、巴里のカフェ(Café)に倣ったもので、店の様子については、次のように書かれている。
 <これはその頃の洋画家達によって装飾されたかなり凝った造りで、その頃珍しかったステインドグラスの窓や、入口の天鵞絨の重いリドー、淡紅色の壁面にはビヤズレーの版画がかけられ、ピンク色の卓子に黒い椅子、川沿の濃緑のソフアーからは宗右衛門町の灯影と、水に垂れた柳が見られるという風な瀟洒な空気が漂っていた。>

 店内の写真も載っているが、「内部の装飾と白いエプロンを着けた女ボーイ」というキャプションが付けられていて、女ボーイ(その当時はまだ女給という言葉もなかった)が上品に行儀よくサービスをしていたという。
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 パノンでは、毎年のクリスマスには芸術家達の仮装会が行われたが、三越のバンドや、黒人のコーラス団なども招いての盛大なものだったようだ。
 下図の写真はその時のもので、当時の大阪を代表する芸術家の面々が奇抜な仮装で写っている。
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①住田良三(画家)、②松田種次(舞台美術家)、③足立源一郎(画家)、④宇崎純一(画家)、⑤藤堂杢三郎(画家)、⑥織田明(画家、織田一磨の兄)、⑦段谷秋比登(歌人)、⑧大森正男(舞台美術家)、⑨渡辺虹衣(時事新報)、⑩赤松麟作(画家)、⑪鶴丸梅太郎(画家・工芸家)

 パノンはその後、事業の拡大を試みて、この中座の前にあった店は、1920(大正9)年には閉じられるのだが、その辺りについては、『モダン道頓堀探検』(橋爪節也編集)の中で、この鶴丸梅太郎の「道頓堀カフエー黎明期を語る」を下敷きにして、詳しく述べられている。

 ところで、下図はこの昭和7年発行の『上方』の裏表紙の「三越」の広告。
なかなかオシャレなのだが、当時は背広には帽子が「当たり前」だったようだ…。
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by suzu02tadao | 2013-03-15 14:30 | Comments(2)

おばけ階段 ~ 藪下通り

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 地域雑誌 「谷根千」 5号(1985年9月15日発行)の表紙は、根津神社近くにある「おばけ階段」。
 上りと下りで段数が異なることからこの名前がついたといわれるが、この絵にあるように、かつては幅が狭く、薄暗い道で、周囲にも人通りが少なく、いかにも出そうな雰囲気だったらしい。

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 その後、拡幅工事が行われ、手すりもついて、きれいな階段に整備されているが、階段途中で折れ曲がった先が見通せなかったり、階段の一部が上り途中で行き止まりになっていたりと、独特のミステリアスな雰囲気が今も漂っている。

 なお、 この「谷根千」 5号の内容は、森鷗外の特集になっていて、鷗外が晩年を過ごした「観潮楼」及び鷗外の散歩道で、小説の中にも登場する「藪下通り」についてもふれられている。
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 藪下通りについては藪下道とも云い、永井荷風も散策記『日和下駄』の中で、
<私は東京中の往来の中で、この道ほど興味ある処はないと思っている。>
と書いているが、歴史は古く、太古より人々に踏みかためられてできた自然道で、司馬遼太郎著『本郷界隈(街道をゆく 37) 』や林順信著『東京路上細見①』などでも取り上げられている。
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 藪下通りの坂上の団子坂と交わるところにあった観潮楼ができた当時には既に、その名前とはうらはらに、この辺りから海(東京湾)は見えなかったようだが、その昔は、藪下通りからも海が見えたようで、「汐見坂」と呼ばれており、道の傍らには「汐見坂」の石碑が今も残っている。
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by suzu02tadao | 2013-03-12 12:30 | Comments(0)

大阪人<NOVEMBER 2001>

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 前回、大江ビルヂングの地下1階にあった「ブックセラーアムズ」についてふれたが、そういえば「ブックセラーアムズ」の店内写真が表紙になっている雑誌「大阪人」(2001年11月号)があったなぁ…と思い、取りだしてきて改めて読み直してみた。

 「特集 古書店&個書店」ということで、「阪急古書のまち」をはじめとする大阪を代表する「古書店」と、「ブックセラーアムズ」のような特徴のある専門書を扱う「個書店」が紹介されていて、以前とりあげた料理書専門店「波屋書房」も「個書店」として紹介されていた。

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 「森まゆみの大阪不案内」は、ここに連載されていたんだ…と、今さらながら気がつく。最近になってやっと、単行本になったものを手に入れたというのに…。
 私が、森まゆみに注目するようになったのは、数年前に東京にいた時で、地域雑誌「谷根千」が終刊になるというのがきっかけだったが、その時もどこかで見覚えのある名前だな・・・程度だったなぁ…。

 それにしても雑誌「大阪人」が休刊してしまったのは惜しいことだと、つくづく思う・・・。
 当時、私は下図の記事を読んで、「graf bld.(グラフビル)」に行ったのがきっかけで、ミッドセンチュリー以降に建てられた「いいビル」に注目するようになったのだった。
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 先日、行ってみると、このビルを拠点としていたクリエティブ集団「graf」は、既に他のビルに移っており、今は「graf bld.」という名前ではないようだが、建物そのものは健在で、隣のビル共々、まさにミッドセンチュリーのいい雰囲気を醸し出しており、たまたま停まっていた郵便配達のバイクでさえもカッコ良く見えてしまうのだった。
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 この界隈には他にも、土佐堀川の対岸に見える「NTT西日本土佐堀ビル」や「リバーサイドビルディング」などの「いいビル」があって、今も雑誌「大阪人」があったならば、必ず特集していたはずなのだが…。
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by suzu02tadao | 2013-03-09 14:22 | Comments(0)

大江ビルヂング

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 前回とりあげた関西電力曽根崎変電所の向いにある「大江ビルヂング」。
1921(大正10)年の完成で、地上5階、地下1階。設計者は葛野壮一郎。

 正面の切妻屋根と真中にそびえ立つ鬼瓦のような装飾が特徴で、一度見たら忘れられないインパクトの強いビルである。
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 このビルは元々、法律関係者向のテナントビルだったらしいが、現在では、弁護士事務所以外にも画廊や雑貨屋など様々な業種のテナントが入っている。
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 全体的には直線的かつ幾何学的な意匠だが、細部を見ると、とても凝ったデザインであることがわかる。
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 特に、正面玄関のブロンズ製の庇の装飾や、表と裏の玄関横の石柱を模したように見えるアールのデザインにもこだわりを感じる。
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 10年位前には、地下1階に「ブックセラーアムズ」という美術書専門の洋書店があって、私は老松町に来た際には、いつも「大江ビルヂング」に立寄ったものだった。
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by suzu02tadao | 2013-03-06 16:20 | Comments(0)