1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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<   2013年 10月 ( 11 )   > この月の画像一覧

旧京都電燈本社&京都タワー

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 JR京都駅中央口前のやや西寄りにあるこのビルは、1937(昭和12)年竣工の、もともと琵琶湖疏水を使用して水力発電を行っていた「京都電燈」の本社でしたが、現在は関西電力京都支店です。
 設計したのは武田五一で、晩年にヨーロッパを訪ね、モダニズム建築の影響を受けた後のもので、縦横のグリッドを強調したシンプルな作品ですが、特徴的なコーナーの曲面や西側出入り口と外装タイルのアール・デコスタイルの意匠には、やはり、こだわりを感じます。
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 京都駅前といえば京都タワーです。
 以前には景観問題などでいろいろと散々な言われ方をされていましたが、最近では京都のランドマークとも言える存在になっています。
 私自身、東京にいた時、「聖橋」の優雅な曲線の造形を観て、同じ作者である山田守の一貫したポリシーを感じました。
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 改めて細部を見ると、伝統的な文様や造形からの引用があって、凝ったつくりになっていることがわかります。
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 内部は、まさに典型的な「いいビル」で、昭和モダン・インテリアの世界がそのまま残っています。
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 オプティカル・アート風な模様のエレベータ扉とポップな停止階表示が、いかにも1960年代という感じです。
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 京都駅ビルに映る京都タワー。
 個性的な姿はやはり、存在感があります。
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 この旧京都電燈本社と京都タワーの裏通りには下町の佇まいが残っています・・・
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by suzu02tadao | 2013-10-29 11:15 | Comments(0)

時世粧 ZISEISO

◇『時世粧』第一巻第四号(昭和10年10月15日発行)
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 このような本を古本市の均一台から拾えたら言う事は無いのだが・・・そうともいかず、これは数か月前にネットオークションで均一台とは言えないまでも、そこそこの安値で手に入れたものです。

 「時世粧」とは“はやりの装い”といった意味のようで、これは戦前の京名店宣伝用として季刊発行された非売品の同人誌で、堀口大学が編集人兼発行人となっている。

 「時世粧」は、気短な宣伝を、直接的な効果を目的とするものではありません。気長にゆつくりと、十六人の京都同人の「店」を、仕てる「仕事」を、識つて戴き、理解して戴くことを念願といたします。

 十六人の京都同人とは、京都の名店「鳩居堂、一保堂、ゑり善、春芳堂等々」で、この中には、当時、寺町二条にあって、二階が喫茶店であった和菓子店「鎰屋(かぎや)」の広告写真も掲載されている。
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 そして、この号では宇野浩二が「秋の京都の思ひ出」の中で、鎰屋について、いくつかのエピソードを記しているのだが、これが、ちょっと面白い。

 ~直木三十五に連れられて、菊池、芥川、久米、田中(純)、私の五人が、大阪に講演に出かけた途中、大正九年十一月末の午前六時頃、京都駅で下ろされた。先づ東山に向って歩き、わらんぢやで名物の大根のふろふきで朝飯をすまし、清閑寺の下を通り、鳥辺山の麓を過ぎ、清水坂を横切り、八坂の塔を左に眺め高台寺を右に望み、円山公園の端を抜け、花頂山の裾から知恩院を通り抜け、粟田神社の傍を通り、インクライン、南禅寺、動物園の前から、平安神宮の前を通り、熊野神社、聖護院、大宮御所、仙洞御所を北の方に見た所から、寺町通に出(と、こんな風に京都の名所めぐりをしたやうな歩き方をして)やつと二条角の鎰屋の二階で足を休めることが出来たのであつた。
 この長い歩行の間、私たちは思ひ思ひに話相手を作りながら二列になつて歩いた。私たちより一歩程先きを、羊達を引率する羊犬(シイプドツク)のやうに、後の直木三十五、当時の植村宗一は、其頃から既に無帽で腕組をして黙々と歩いた。~


 その後の日本の文壇の基礎をつくった面々が、腕を組む直木三十五を先頭に一団となって、京都東山をぞろぞろと歩いている情景は、想像しただけでも興味をそそられるが、それぞれがキャラの立つ人達だっただけに、さぞかし、この時の鎰屋の店内のムードは異様だったような気がしないでもない・・・

 ◆菊池寛と芥川龍之介(大正8年)
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 鎰屋は、梶井基次郎の「檸檬」にも出てくるので有名で、宇野浩二も「檸檬」の一節をここで紹介しており、この鎰屋の向いにあって、レモンを買ったとされる果物店は数年前まであったが、今ではもう無くなっている。

 この寺町二条の鎰屋も、戦後まもなくして無くなったが、分家した「百万遍かぎや」が「ときわ木」などのお菓子を継承しており、今でもおいしくいただくことができる。
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 なお、『時世粧』のこの号の他の執筆陣は、川路柳虹、東郷青児、鈴木梅子、北村小松、若梅方舟となっている。
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by suzu02tadao | 2013-10-26 14:30 | Comments(0)

小穴隆一 と 芥川龍之介

◇『春の夜』芥川龍之介 【装幀:小穴隆一】
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 四天王寺の古本市の後、「天神さん」でこの本を見つけて、思わずジャケ買いしようとしたが、その時は思い止まった・・・しかし、帰宅してから、前回の『みづゑ』を読んでいろいろと調べて行くうちに、どうしても欲しくなって、後日、また「天神さん」に行って手に入れたのだった。

 この本の装幀を手がけた洋画家の小穴隆一(おあな りゅういち、1894-1966)は芥川龍之介とは無二の親友で、前回とりあげた 1922(大正11)年の第9回「二科展」には、芥川龍之介をモデルにした「白衣」を出品して、話題を呼んだのだった。

 ちなみに、この「白衣」については『みづゑ』誌上で中川紀元は次のように評している。
小穴隆一氏。研きは申分なくかゝつてゐる。やや低回趣味だが正に気品の高い小品だ。

 芥川龍之介は自殺した際に、子供たちに「小穴隆一を父と思へ。従つて小穴の教訓に従ふべし」との遺書を残しているくらいで、『夜来の花』以降、芥川の著書のほとんどが小穴の装幀になっているようだ。

 この『春の夜』は、木々高太郎が監修した推理小説叢書(雄鶏社)の中のひとつで、昭和22年7月発行の初版なのだが、前年に同じ内容のものが、恩地孝四郎の装幀で出版されており、この本には、「装幀 恩地孝四郎」と印刷してある上から「装幀 小穴隆一」の訂正シールが貼られていて、興味をそそられたのだった。
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 なお、小穴は画家としては宮沢賢治や坪田譲治の作品にも挿絵を描いているようだ。

 ところで、芥川龍之介は昔、学校の教科書で読んだくらいだったので、古典に題材をとった作風という印象が強かったが、この本に収められている「歯車」などを読んで認識を新たにしたため、先日、別の古本市でついつい買ってしまった宇野浩二著『芥川龍之介』によると、川端康成はこの「歯車」を芥川の最高傑作だと評価していたようだ。
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by suzu02tadao | 2013-10-23 14:10 | Comments(0)

1922年 二科展

◇『みづゑ』 二科展覧会号【1922(大正11)年10月号】
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 イラスト風にサラッと描いた感じの表紙の絵が気に入って、先日の四天王寺の古本市で求めたもので、この絵は中川紀元のものなのだが、1922(大正11)年は第9回の二科展ということで、保守的な帝展に対して進歩的な姿勢をみせており、また、後に「美のアヴァンギャルドの温床」と言われたように、二科会のメンバーが中心となって未来派や構成派の美術団体「アクション」を結成したのもこの年ということもあり、大変に興味深い内容になっている。

 誌上においては、出品者及び評論家が作品についてそれぞれ自由に批評や感想を述べているのがなかなか面白く、まずは鍋井克之の作品から例にあげてみる。

◇「静物」 鍋井克之
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制作所感 
「静物」は昨年の十月頃の作です。絵を描き出してから静物を発表したのは今度が初めてです。甘い舌ざわりやうな色彩が出たやうに思ひましたから出品することにしました。


中川紀元評 
六点ともすがすがしい作だ。あの穏な色調と筆触の持つ滋味は見る人の心をなだめる。ピサロの美質と相通ずるものがある。

永瀬義郎評 
鍋井克之氏のは同氏の性格の「快活な苦労性」といふ感じが絵にもよく出てゐるやうです。色は極めて明快で人を其ニユアンスに溶け込ませずには置きませんが筆触が鰹節をかく音のやうに小きざみで堅苦しくなります、どうも苦労が勝ち過ぎるやうですね、尤もそこが鍋井氏の鍋井氏らしいところでもあります。


 さて、「アクション」の創設メンバーのひとり古賀春江は、この年に「埋葬」で二科賞を受賞しているが、まだパウル・クレーに傾倒する前であり、セザンヌ及びキュビスムの影響が伺える。

◇「埋葬」 古賀春江
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中川紀元評 
実に立派な構図だ。銘々の人物の姿勢の表情にも周到な注意がとゞいてゐる。


 永瀬義郎と小川千甕は、中川紀元の作品を下記のようにボロクソに批評しているが、この辺りも当時の二科展の自由な空気を表しているようにも思える。
 やはり、仲間内でもこれくらい言い合えるようでなければ、「美のアヴァンギャルドの温床」にはなれないのではないだろうか。

◇「化粧」 中川紀元
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永瀬義郎評 
中川紀元氏のは段々品が悪くなつて行くやうですね。今度の絵などより私は資生堂のはみがきのポスターの方が余程好きです。

小川千甕評 
会場中でかなり新型が目立つ中川紀元など、ぺらぺらの安物也。これで洗練の挙句などと断り書が付かうとも、それや嘘なり、古い絵馬や大津絵の方がずつと面白い。知恵者ぶつてゐないだけずつと面白い。


◇「この苦しみに、われは、いのちをかけたり」 神原泰
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 中川紀元や古賀春江と共にやはり「アクション」の中心メンバー、神原泰の作品については、美術評論家の春山武松が次のように述べている。

「この苦しみに、われは、いのちをかけたり」といふ大作は、音楽的な色の節奏によつて、感情を直接に伝へやうとする氏の目的に、一歩近づいたやうに思ふ。

 林武の作品も二科賞を受賞しているが、まだ岸田劉生の影響を色濃く残しているようにみえる。

◇「本を持てる婦人像」 林武
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中川紀元評 
林武氏。人物はいじけて見える。手なぞあやしい。静物は手練れてはいるが深刻らしい暗調は同感しかねる


◇「肖像」 ワルワーラ・ブブノワ
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 後に、村山知義や柳瀬正夢らと共に活動するブブノワは、この年にロシアから来日した前衛芸術家で、上図の絵の他に構成主義の作品も出品していたが、この肖像画の方が、図版に載るなど評判が良い事について誌上で不満を漏らしており、この肖像画については展覧会に出品するような作品ではないなどと述べているのが、とても印象的だ。(もっともな事だとは思う・・・が、あまり鮮明ではないモノクロとはいえ、図版を見る限りは、林武の肖像画と比べても、こちらの方がいいと私は思う・・・)

 他にも、いろいろと取りあげたい内容はたくさんあって、きりがないのだが、1922(大正11)年は以前取りあげた平和記念東京博覧会が開催された年でもあって、まさにモダン文化が開花した年であったと言えるのではないだろうか・・・
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by suzu02tadao | 2013-10-20 19:10 | Comments(0)

慶沢園

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 大阪新風景!
 慶沢園(けいたくえん)からの「あべのハルカス」の眺めです。
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 慶沢園入口の南門から・・・
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 慶沢園は住友家が約10年の歳月をかけて完成させたもので、大小3つの島が浮かぶ池の周囲の林間を回遊し鑑賞する様式の林泉回遊式の日本庭園(作庭、小川治兵衛)で、大阪随一の日本庭園とも言われ、平成11年度に「大阪市指定文化財」に指定されています。
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 慶沢園から見た大阪市立美術館です。
 こちらの方が表側に見えます。
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 和風アール・デコ・・・?
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 慶沢園の中にあって、一般に開放されている休憩所の「四阿(あずまや)」ですが、民芸調モダン・インテリアが抜群です。
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by suzu02tadao | 2013-10-18 10:15 | Comments(0)

大阪市立美術館

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 大阪市立美術館は「慶沢園(けいたくえん)」側から見た上図のアングルの姿が私は一番好きです。

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 天王寺の大阪市立美術館がある茶臼山一帯は、もともと住友家の本邸があった場所で、住友家から美術館の建設を目的に日本庭園「慶沢園」とともに敷地を寄贈され、1927(昭和2)年12月より建設がはじまりましたが、財政不足、世界恐慌、室戸台風などの障害に見舞われ、完成したのは 1936(昭和11)年です。
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 左右対称形の重厚な建物で、全体的にはシンプルな印象ですが、細部を見ていくと、それぞれに大変に凝った装飾が施されていることがわかります。
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 やはり、外観的にはフランスの印象派あたりの絵画がよく似合いそうな雰囲気を醸し出しています。
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 レストランがある建物の裏手に「慶沢園」がありますが、こちらから眺めた美術館がなかなかいいのです。
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 次回は「慶沢園」を少し散歩してみたいと思います。
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by suzu02tadao | 2013-10-17 11:10 | Comments(0)

新世界・公楽座 ~ 国際劇場、再び…

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 1932(昭和7)年に「新世界・公楽座」で公開されたルイス・トレンカー監督・主演映画『アルプスの血煙』のポスターです。
 ルイス・トレンカーはアルプス山岳案内人として知られており、この映画をはじめ『アイガー北壁決死の救援』などアルプスの山々を舞台にした、”山岳映画のパイオニア”と呼ばれているようです。

 この当時の公楽座は松竹の洋画の直営劇場で、このポスターも他の松竹座の劇場と共通のものとして、松竹の制作スタッフ(山田伸吉?)が手がけていると思われます。

 戦後になると、公楽座は建て替えられて東宝の封切り館から名画座「新世界公楽劇場」となり、その後、2006年3月に廃業して、現在は空き地になっていますが、来年にはビジネスホテルが建つようです。
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 公楽座があった場所から少し北に歩くと、見えてくるのが・・・以前とりあげた「国際劇場」。
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 改めて細部を見るとやっぱりいい雰囲気なので思わず何枚か撮影してしまいました・・・
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 隣の劇場の花輪がこちら側にも置かれていました。
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 これはお隣にあるスナックの玄関・・・
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by suzu02tadao | 2013-10-14 12:55 | Comments(0)

高島屋東別館

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 前回の大阪日本橋キリスト教会から堺筋を南に少し歩くと、昔は電気街であった日本橋3丁目にあるのが高島屋東別館。
 この建物はもともと松阪屋大阪店として1928(昭和3)年から1937(昭和12)年にかけて三度に渡って増築され完成したもので、設計者は松坂屋本店や旧名古屋銀行本店なども手がけた鈴木禎次です。
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 堺筋は御堂筋ができるまでは大阪のメインストリートだけあって、戦前には「東洋一の百貨店建築」と称された姿を現在も留めており、ルネサンス様式を基調としたアールデコ・スタイルの連続する半円アーチとふんだんに使われたテラコッタ装飾が華やかで、まるでヨーロッパの街並みのような雰囲気が楽しめます。
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 正面表側にある70m続くガレリア(アーケード)にもアカンサス(葉あざみ)をモチーフとしたアールデコ・スタイルの装飾がいたるところで使われています。
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 ガレリアの床タイルもアカンサスのモザイク模様です。
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 この建物の3階にある「高島屋史料館」は一般にも公開されていて、内装も気軽に見る事ができますが、大理石が惜しみなく使われており上質な仕上げになっています。
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by suzu02tadao | 2013-10-11 14:50 | Comments(0)

大阪日本橋キリスト教会

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 日本橋1丁目の南西角近くの堺筋に東面して建つのが大阪日本橋キリスト教会。
 原作者は不明ですが、1925(大正14)年に建てられたものをヴォーリズ建築事務所が、2001(平成13)年に改修しており、国登録有形文化財になっています。
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 玄関の尖頭アーチの入口と3階の5連の尖頭アーチ窓などゴシックスタイルを基調としており、正面ファサードを平板につくっている点に特徴があります。
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 対面から見ると堺筋沿いの街路景観に溶け込んでいるというか…道路標識が・・・
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 建物をサイド(北側)から見るとこんな感じです。
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 そして、この教会のすぐ裏からは、いいビル「味園」をはじめとする、ダイナミックな歓楽ゾーンが展開されています。向こう側には黒門市場の入口も見えていますね。
 こういう場所にモダン建築のキリスト教会があることも大阪らしいと言えるかもしれません・・・
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 この近辺の光景をいくつか・・・
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by suzu02tadao | 2013-10-08 11:15 | Comments(0)

四天王寺・八角亭

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 四天王寺の境内にある本坊庭園「極楽の池」のほとりに建つルネッサンス様式の西洋建築。
 1903(明治36)年の第五回内国勧業博覧会で出品された現存唯一のパビリオンを後年移建されたもので、国登録有形文化財です。
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 3色の色ガラスをはめた窓が魅力的です。
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 入口は施錠してあって入れないので、窓にカメラを押しつけて内部を撮影しました。
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 屋根の和瓦とモールディングの廻り縁のアンサンブルが不思議とマッチしていて独特の雰囲気を醸し出しています。
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 コリント式の柱頭飾を付けた柱もいい雰囲気です。
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 ところで、第五回内国勧業博覧会は大阪の天王寺会場をメインに開催されましたが、日本国内だけでなく、海外諸国の出展品も並んだ、日本で初めての万国博覧会だったわけで、この会場跡地再開発でできたのが新世界なんですね…。
 八角亭は小奏楽堂だったらしいのですが、どんなふうに演奏が行われたのかはちょっとわかりません・・・
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 四天王寺境内では骨董市古本市なども開催されて賑わいますが、本坊庭園にいると喧騒を忘れてしまいます。
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 ここには二代将軍徳川秀忠が建てた重要文化財の「湯屋方丈」もあって、本当に別世界です。
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by suzu02tadao | 2013-10-05 14:00 | Comments(0)