1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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<   2014年 09月 ( 12 )   > この月の画像一覧

風をあつめて

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街のはずれの
背のびした路次を 散歩してたら
汚点だらけの 靄ごしに
起きぬけの路面電車が
海を渡るのが 見えたんです
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それで ぼくも
風をあつめて 風をあつめて 風をあつめて
蒼空を翔けたいんです
蒼空を

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とても素敵な
昧爽どきを 通り抜けてたら
伽藍とした 防波堤ごしに
緋色の帆を揚げた都市が
碇泊してるのが 見えたんです

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それで ぼくも
風をあつめて 風をあつめて 風をあつめて
蒼空を翔けたいんです
蒼空を

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人気のない
朝の珈琲屋で 暇をつぶしてたら
ひび割れた 玻璃ごしに
摩天楼の衣擦れが
舗道をひたすのを見たんです

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それで ぼくも
風をあつめて 風をあつめて 風をあつめて
蒼空を翔けたいんです
蒼空を

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 明日から10月ですね・・・
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by suzu02tadao | 2014-09-30 16:15 | Comments(0)

「いけばなと建築」草月流講堂

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< 日本固有の芸術である「いけばな」が、どう云ふ時代にも、どう云ふ生活にも、立派な価値と緊密性とをもつて行かうと云うのには、指導者と研究者が、しつかりした自覚のもとに、絶えず合理的な精進が必要である。かう云つた意味から生まれた、新時代にふさはしい「いけばな」の道場である >

 1934(昭和9)年の雑誌『住宅』3月号には、前回の洛東アパートの他に、前年(1933年)12月に竣工した草月流講堂が紹介されています。

 この建物は1945年5月の空襲で焼失してしまいましたが、勅使河原蒼風(1900-1979)が1927年に創始した草月流の活動拠点だっただけに、当時としては斬新で、とてもモダンなものであったことが分かります。
 設計したのが、建築音響学の先駆者の佐藤武夫(1899-1972)だったということも興味をそそります。
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外観 木造で、外部は淡黄白色の漆喰仕上、うらゝとして、それでしんみりした趣だ
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正面外観(上図) 廊下廻りの詳細、小さなバルコンも風情を添へる
外廊(下図) 右手の扉が入口、天井は二階の根太をそのまゝ現したもの、床はセメント・ブロック敷、正面には主人の趣味による支那陶器の腰掛けがをいてある

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三階、階段室広間
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両図共、洋間教場 天井は漆喰塗、壁は楢ベニア板市松張、ステイン塗ラック仕上、床は板割の上に、文化敷物が用ひてある
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 そして、建物の紹介とは別に、勅使河原蒼風が「いけばなと建築」と題して記事を寄せています。
 以下、抜粋…

< 三百年も前の建築と調和するやうに、作つた花のいけ方が、今もなほそのまゝ行はれてゐたり、床の間と云ふ一つの制限内で工夫された、いけばなだけが、いけばなの世界の全部のやうに思はれてゐるとは驚くほかはない。>

< よい建築と、よいいけばなは絶対離す事の出来ない必要品であり、大切な関係である事を、うまく普及したいものである。
 建築家がいけばなを理解し、いけばなを研究する人が建築を理解し、
 いつの時代にも
 どんな生活とも
 いけばなと建築が、ぴったりと和合して美しくありたいものだ。>

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 勅使河原蒼風は戦後になってから、サルバドール・ダリやミロなどの芸術家に絶賛されるなど、国際的な評価を得ることになりますが、この当時からの活動が実を結んだと言えるのではないでしょうか…
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by suzu02tadao | 2014-09-29 15:55 | Comments(0)

洛東アパート(光華寮)

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 1934(昭和9)年の雑誌『住宅』3月号「特集:集合住宅図版」の中では、京都の「洛東アパート」が紹介されています。
 「洛東アパート」は、土浦稲城の設計で、1931(昭和6)年に建設され、民営アパートとして運営されていたのですが、その後、中国人留学生用の光華寮となり、いわゆる光華寮問題として有名になった建物で、今では廃墟となっています。
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<敷地の関係から四階五階が、セットバックを余儀なくされてゐるが、それが又非常に深く印象づける。円い柱と細い梁で支へられた階段が、その本当の役目よりも外観の構成に重大な役割を演じてゐるのも、見逃せない事実だ。>
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 この当時からモダニズム建築の好例として、評価されていたことが分かります。
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<簡単にして要を得たもの>と紹介されている玄関入り口も、今では、特徴的な円窓はカバーで覆われています。
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 東翼の南面に取り付けられている外部階段は、冒頭の記事の写真には見られないので、後の増築のようですが、建物に違和感なく溶け込んでいて、いい感じですね。
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 設備の概要も載っていますが、この当時としては最新のものであったことが分かります。
<本貸室には、ベッド(引き出し二ケ付)、洋服戸棚押入、下駄箱、洗面器、本棚、椅子等、又、暖房、消火、防虫、換気の設備がある>


◇日本間付洋室
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◇大洋室
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◇一階ロビー
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 土浦稲城(1902-1974)は前回とり上げた土浦亀城の実弟で、当初は遠藤新建築創作所の所員として、自由学園や甲子園ホテルなどの建設に従事し、その後は1934年まで設計事務所を自営しました。
 1934年に土浦亀城建築事務所創立とともに入社して、良き協力者として兄の設計活動を支えたということです。


◇1934(昭和9)年の雑誌『住宅』3月号。
「洛東アパート」が表紙を飾っています。
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by suzu02tadao | 2014-09-26 11:25 | Comments(0)

陽あたりのいい部屋で…(2)土浦亀城邸

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< 冬日、居間にゐて十二分に日光に浴し、或は夏、日光の直射を避ける為の大庇や、通風の考慮、パネルヒーティングの設置等に、周到な準備と新しい試みがなされてゐる。>
 雑誌『住宅』1935(昭和10)年4月号「特集:小住宅」の中で、建築家・土浦亀城(1897-1996)の自邸が紹介されています。

 下の写真は数年前に撮影したものですが、昭和初期に「健康と衛生の器」として新しい建築思想を具現化したシンプルな白い箱、まさにモダニズム住宅の代表作と言えるものです。
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 そして、外観だけでなく、吹抜けの居間空間を中心に、扉のない各部屋が立体的に組み合わされた空間構成はとても斬新で先進的なものでした。
< かつて、新材料を以つて乾式構造の実験的住宅を試みて注目されたが、土浦氏は今度新居を計画され、それがこの1月竣成した。
 平面は土地の高低を利用して、玄関から居間、食堂、寝室などを一室と等しい連係で立体的に、巧みに変化をみせてゐる。>


◇居間の一隅
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◇居間
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◇食堂
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◇寝室
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◇平面図
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by suzu02tadao | 2014-09-23 14:10 | Comments(0)

陽あたりのいい部屋で…(1)駒井家住宅

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 駒井家住宅を訪れた時、ちょうど、アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』(昭和4年刊)を読んでいた私は、建物の内部の情景が本の内容とオーバーラップして見えたのでした…

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< 広い玄関へ入つてゆくと、出迎へた下男のパーカーが私の外套を脱がしてくれた。丁度その時、アクロイド氏の秘書のレイモンド氏が両手に余る書類をもつて書斎へゆくところであつた。>
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  玄関ホールを抜けたところに居間とダイニング、そして右奥には大きな窓のついたサンルームが設けられています。
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 このサンルームで、日がな一日、のんびりと読書でもしたいものです…
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< 傍へゆくとガラス越しに棚の中に飾つてある骨董品が見えた。古銀貨、チャールズ一世が幼少の折に穿いたといふ靴、それから黒曜石で彫んだ支那人形、その他様々珍奇な品が並べてあつた。>
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< 間もなく、ラッセル嬢が入つてきた。彼女は警部の問に対して、
 「私はあの時、客間の花がちやんとしてゐるかどうか見にいつたのですが、ふと気がつくと飾棚の蓋が開いてゐましたから、通りしなに閉めてきたのです。短刀がその時棚の中に入つてゐたかどうか存じません。お客様方の見える時刻だつたものですから、急いでをりましたのです」と淀みなく答へた。>

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<「たぶん、階段のところにでもゐたんでせう」
 「あの階段はアクロイド氏の寝室より他にゆけないのに、フロラ嬢がそんなところへ行く道理がないではありませんか」
 「道理はあります」>

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 駒井家住宅は、1927(昭和2)年に、遺伝学の権威京都帝国大学理学部教授駒井卓博士の自邸として、京都・北白川疎水の畔にヴォーリズ設計により建てられた近代洋風建築ですが、現在も二階の書斎部屋には、当時博士が使っていた品々がそのままの姿で残されています。 (普段は日焼防止のカーテンがかかっているため、室内全体は赤みがかっています。)
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 室内にはクリスチャンだった駒井夫妻を偲ばせる聖書や小さな礼拝堂がありました。
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 二階にもサンルームが設けられていますが、ここからは大文字山が望めます。
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< 大文字山の三角点のあるところは、非常に展望がよい。それから暫く松林の中を潜るが、「大文字」の斜面に来ると、更に又濶然(かつぜん)として眼下に京洛の市中がひらける。約四〇〇メートルほどの宙空に、その「大」の字が掲げられるのだ。>
 北尾鐐之助『京都散歩』(昭和9年刊)より
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 きちんと畳が敷かれた和室もありました。
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 昭和初期の空間で、同時代に出版された本を読めるなんて…贅沢ですね・・・
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by suzu02tadao | 2014-09-20 14:20 | Comments(0)

「ルウッソオ」足立源一郎

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<彼は描く事のみを憧愛し、そのためにのみ生活していつた本当の画家であつた。彼の作品には単に、途方もない率直さ、自然なる情調、感動さす単化があるばかりではなく、稀有なる特性をもつ創意と一ツのスチール(スタイル)がある。特にそれには彼自らの天賦なる愛が、自然の心が赤裸々に露はされ、不誠実や虚偽の一点をも認め得ない純朴があり、寛容にして唯一なる画家としてのルウッソオを見得るのである。>

 1928(昭和3)年8月、アルス美術叢書・第七篇として、画家・足立源一郎著のアンリ・ルソー(1844-1910)の作品集が刊行されました。
 その当時は、世界的にみてもまとまったアンリ・ルソーの作品集はほとんどなく、もちろん日本では初めての作品集だったようです。
 代表作品は図版として数多く掲載されていますが、カラー図版は2点のみです。(※大分、カラー補正しています)
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 しかしながら、内容的には、生前、詩人のアポリネールやピカソ、ゴーギャンなど少数の理解者によって評価されたのみであったことや、今日伝えられる様々のエピソードについては記されていて、なかなか充実したものになっています。
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 アポリネールと、その恋人ローランサンの肖像画として有名な『詩人に霊感を与えるミューズ』についてのエピソード、詩人の花を象徴するカーネーションを誤って他の花で描いてしまったために、改めて「修正版」を描いた、という話も紹介されています。
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 また、この肖像画を制作するために、再三、アトリエに来るように催促する内容の手紙など、アポリネールに宛てた手紙もいくつか載せているのですが、ルソーの最後の完成作品『夢』についての次の手紙も、なかなか興味をそそられます。

<一九一〇年三月十一日
  親愛なる友
 ~私は大作を出品しました。誰も大変いゝと云ひます。君は文学的才能を発揮して、私が受けた凌辱と、侮蔑に仕返しをして呉れると思つてゐるのです。君がアントラシジャン紙上に批評を書いてゐるとピカソから聞いてゐますから。
 ピカソとヴオラールから君によろしくとでした。近日逢へるとは思ひますが諸君によろしく伝へて下さい。展覧会の開催中に気持のいゝ夜会(ソアレー)を催したいと思つてゐます。君の都合のいゝ日を選むで下さい。
 成るべく早くお目にかゝりたいと思ひます。左様なら君のミューズへ宜しく。
  君の友  ア・ルウッソオ >

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 アンデパンダン展に展示された『夢』について、アポリネールはつぎのように述べています。
 「この絵は美を放射しているし、それは議論の余地は無い。わたしは、今年はだれも笑わないであろうと信じる。」
 なお、この手紙の最後に<君のミューズ>とあるのは、ローランサンのことですが、既にこの時点では二人は別れていました。

 また、画商のヴォラールは、この年の2月に、既にルソーからこの絵を買っており、その後、ロックフェラーを経て、現在はMOMAの所蔵となっています。

 その当時、ルソーから多大な影響を受けた日本の画家には、藤田嗣治、岡鹿之助、松本竣介、小出楢重、土田麦僊、小野竹喬など数多くいましたが、それはアルス美術叢書のシリーズに取り上げられている次の顔ぶれからもうかがえますね…
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 さて、この作品集の著者である画家・足立源一郎については、「銃後の大阪」「キャバレー・ヅ・パノン」などの中で取り上げてきましたが、この本の「序文」には次のように記されています。
< 1925年夏    奈良高畑にて
                著者 >

 ということは、以前にも取り上げたように、この作品集を執筆したのは2度目の滞欧から帰った直後になるのですが、ちょうど画壇でごたごたが起こっていたころになります。
 そして、出版された昭和3年には、奈良高畑の家から出て、1年の大半を北アルプスで過ごすようになっています。

 足立源一郎は、ルソーから画風の影響は受けていませんが、俗世間から離れて独自の絵を描くという姿勢については多大な影響を受けていると言えるかもしれませんね…
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by suzu02tadao | 2014-09-17 11:50 | Comments(0)

「船町ビル」路地裏ブラブラ

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 大阪は肥後橋の土佐堀通沿いにある「船町ビル」は、コンパクトなわりには正面にある2連のアーチ窓がアクセントになっていて存在感がありますが、1937(昭和12)年築、鉄筋コンクリート造4階建のモダン・ビルです。
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 玄関を入った所は、昔のままのようで、風格のあるステンドグラスの窓が迎えてくれます。
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 このビル、大阪のモダン・ビルとしては有名で、いろいろなサイトで紹介されていますが、裏側は紹介されていませんでした。
 で、裏側に回ってみました…
 窓などはリニューアルされているようで、ミッドセンチュリーの「いいビル」風の趣がありますが、私なぞは、この雰囲気は好みです。
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 表とは違った表情の裏側…ある意味で、こちらの方が都会的ですね。
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 この細い路地裏をブラブラ歩いて行くと…
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 このかいわい…
 ディープな昭和レトロ・ゾーンでした・・・
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by suzu02tadao | 2014-09-14 14:10 | Comments(0)

昭和レトロな「湯の山街道」

 ナメラ商店街のアーケードを抜けて、しばらく歩くと、美嚢川沿いの「湯の山街道」に出ます。
 この辺りは歴史のある宿場町で、古くからの町家などが多いのですが、ナメラ商店街に続いて、なかなかの昭和レトロな街でした・・・
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 うろこの家と言えば、神戸・北野にある明治時代に建てられた異人館のことですが、三木農協会館前には、昭和の「うろこの家」がありました。
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 ミッドセンチュリーに建てられたと思われますが、いい味が出ています。
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 うろこの家の近くにある駐車場の脇には、こんな私好みのレンガ塀が残っていました。
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 駐車場になる前には、旧三木銀行があったということですが、どのような洋館が建っていたのでしょうか?
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 この辺りの観光名所は、江戸後期の町屋で国登録有形文化財の旧玉置家住宅です。この玉置家の三代目、玉置福蔵氏が旧三木銀行の創設者の一人だったということです。
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 街道沿いに続く、廃屋~旧玉置家住宅…そして、向こうの方に、うろこの家が見えています。
 まさに昭和レトロです。
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 そして、この三木市観光協会の建物も、昭和なんですね…
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 他にも、この辺りすべてが昭和な佇まいでした・・・
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 近くには近代建築の立派な旧三木実科高等女学校校舎もあったのですが、あまり人が注目しない私好みの昭和レトロな物件を十二分に堪能したため、お腹がいっぱいになった私は、三木上の丸駅にもどることにしました。
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 この駅もまさに昭和レトロの玄関口にふさわしいですね…
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 いずれまた…訪れようと思います・・・
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by suzu02tadao | 2014-09-12 09:10 | Comments(2)

「ナメラ商店街」ぶらぶら

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「レストハウスまきば」を後にした私は、もう少し足を伸ばして、以前から訪ねてみたかった「ナメラ商店街」にやって来ました…
 神戸電鉄粟生線の高架橋の下をくぐると、昭和レトロな世界が始まります。
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 振り返れば、高架橋に三木上の丸駅と書かれた文字がいい感じです…
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 すぐ脇に、三木城趾への階段があるのですが、私は看板のオシャレな「スキー毛糸」のマークに目が釘づけになってしまいました…
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 少し歩くと、アーケードに入ります。
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 アーケードの入り口脇にある看板です。
 活字に見えますが、手書きです!
 シブいですね…
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 稲荷神社の鳥居越しに見た商店街。
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 どの店の看板もなかなか凝っていて、往時が偲ばれます。
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 高級紳士服専門店・・・Jリーグ・チームのようなオリジナルのマークがカッコいい!ですね…
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 昭和なマネキンが今も現役です…
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 この店もショーウインドウにある古い看板がシブいですね…あれ!本屋さんですよね?
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 やはり、手書きの古い看板がいい味を出しています…
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 アーケードを南側に出たところ。
 洋品店のシャンデリア風照明がいい雰囲気です。
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【おまけ】
 新しくできたアニメ風看板ですが・・・昭和とのミスマッチがシュールです…
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by suzu02tadao | 2014-09-11 12:40 | Comments(0)

レストハウスまきば

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 欧風家庭料理の店「レストハウスまきば」は、もともと天王山農場の本館(住居兼事務所・食堂)として、本間乙彦の設計で、1933(昭和8)年に建てられた山小屋です。
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 木造2階建の板貼りの建物ですが、残念なことに、ちょうど訪れた時には外装の補修工事中でした…
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 しかし、店の中に入ると、天井は吹抜けで高く、建築当時のままの太い丸太を組んだ骨組みがつくる豊かな空間がありました。
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 テーブルや椅子をはじめ家具調度にもこだわっており、ほとんど当時のままのインテリアにうまくとけ込んでいました。
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 本間乙彦は40代で早世したため、現存する作品としては、「芝川ビル」と「小川香料大阪支店ビル」など数は少ないのですが、それぞれが十分に想像性の豊かさを感じさせてくれるものばかりで、最後の作品となったこの山小屋もなかなかいい雰囲気でした。
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【参考】
 近代建築Watch
 レストハウスまきば
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by suzu02tadao | 2014-09-08 13:40 | Comments(0)