1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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<   2015年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧

富田林じないまち<1>

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 江戸時代の町並みが残る寺内町(じないまち)。
「じないまち古書散歩」で訪れたのですが…
 会場となった「旧万里春の酒蔵」のレトロなインテリアに、すっかり魅せられてしまいました。
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 富田林は江戸時代から明治時代にかけて酒造業が盛んに行われており、この酒蔵でも、昭和57~58年(1982~83年)頃までは、「万里春」と呼ばれた地酒が製造されていたということです。
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 今でも現役?
 まさに時を重ねることでしか出せない味わい…
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 窓外の風景も趣きがありますね。 
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 外を歩けば・・・
 白壁、格子窓、虫籠(むしこ)窓、本瓦など…
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 富田林寺内町は、大阪府下で唯一の重要伝統的建造物群保存地区とのことで、本当に見事な造形美がここかしこで見られます。
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by suzu02tadao | 2015-05-29 14:10 | Comments(0)

『ホトトギス』の挿絵

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 俳句文芸誌『ホトトギス』には、前回の渡辺与平の他に、その当時、第一線で活躍していた画家の挿絵が載っていて、なかなか見ごたえがあります…

 小川芋銭(1868-1938)は表紙も手がけています。
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 珍しいところでは、秦テルヲ(1887-1945)のものがありました。
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 石井柏亭(1882-1958)
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 昨年から今年にかけて回顧展が開催されて、最近になって見直されている感のあるマルチアーティストの小川千甕(1882-1971)です。
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 前川千帆(1888-1960)
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 細木原青起(1885-1958)
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 斎藤与里(1885-1959)
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 そして内容も、高浜虚子の「子規居士と余」では…

 ~そのバッチングはなかなかたしかでその人も終には単衣の肌を脱いでシャツ一枚になり、鋭いボールを飛ばすようになった。そのうち一度ボールはその人の手許を外れて丁度余の立っている前に転げて来たことがあった。余はそのボールを拾ってその人に投げた。その人は「失敬。」と軽く言って余からその球を受取った。この「失敬」という一語は何となく人の心をひきつけるような声であった。やがてその人々は一同に笑い興じながら、練兵場を横切って道後の温泉の方へ行ってしまった。
 このバッターが正岡子規その人であった事が後になって判った。


 …と、子規との野球を通じての最初の出会いの場面が載っていて、嬉しかったのです (^^)

◇上野恩賜公園正岡子規記念球場
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by suzu02tadao | 2015-05-26 14:50 | Comments(0)

渡辺与平

◇『ホトトギス』(明治44年12月1日発行)より
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 表紙に魅せられて購入するのは、ジャケ買い(=ジャケット買い)なんですが、挿絵に魅せられて買うのは何と言うのだろう…?
 渡辺与平のコマ絵に魅せられて、高浜虚子の主催する俳句文芸誌『ホトトギス』を買ってしまいました。

 渡辺与平(1889-1912)は太平洋画会展や文展を中心に出品し、1910(明治43)年、第4回文展で「ネルのきもの」が三等賞を受賞する一方で、生計を立てるために始めたコマ絵(挿絵)の仕事では、『ホトトギス』をはじめ、『国民新聞』や『少女の友』などで活躍し、竹久夢二の「夢二式」に対して「ヨヘイ式」と呼ばれた画風で人気を博しました。しかし1912(明治45)年6月に喉頭結核と肺炎を患い、22歳の若さで病死しました。

 上図のコマ絵は、ちょうど第5回文展に「帯」が入選した頃のもので、モデルは同じく妻の渡辺ふみ子だと思われます。

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 これらのコマ絵を見ていると、『ホトトギス』の執筆者でもあった山崎楽堂が、< 与平氏は夢二氏より遥かに強い処辛辣な処がある。また才力の程も大分段が上である。>と批評しているのも頷けるような気がします。

◇『ホトトギス』(明治45年1月1日発行)より
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by suzu02tadao | 2015-05-23 11:01 | Comments(0)

ダイビルの装飾

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 中之島の河川沿いの遊歩道をブラブラ歩きながらダイビルの前を通ると、ちょうど目の高さくらいに装飾や彫刻があって、改めてひとつひとつ見てゆくと、なかなかバラエティに富んでいて楽しめます。
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 ダイビルの装飾については以前にもふれましたが、正面玄関にある「少女と鷲」の像は、帝展審査員であった大国貞蔵の作品で、この建物の設計にかかわった村野藤吾は、このビルが取り壊されることがあってもこの彫刻だけは残してほしいと生前語っていたということです。

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 正面に並ぶ石柱には、虎?(獅子かもしれない?)と羊の像が交互に施されています。
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 去年の内にわかっていれば、今年の年賀状に使えたなぁ…などと思ってしまいます。
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 得体の知れない怪物もいます…
 不気味ですが、どことなく愛敬のあるキャラではありますね(^_^;)
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 他にも、天使、猫、人面、鳥、蛇、などなど・・・
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 これらの装飾は旧ダイビルのものを再利用、あるいは復元したものですが、建物の内部も玄関ホールは同じように再現されており、大大阪時代の姿を今に伝えています。
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by suzu02tadao | 2015-05-20 14:15 | Comments(0)

中之島緑道

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 この季節、中之島の河川沿いの遊歩道も緑豊かで、ちょっとしたウォーキングには最適です。
 特に中之島フェスティバルタワーの壁面レリーフがある肥後橋から淀屋橋まで続く「中之島緑道」には、沿道に彫刻作品もあって、目を楽しませてくれます…
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 まさに都心のオアシス。
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 季節の花と彫刻のコラボレーション…
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 鳩もくつろいでいるようです。もちろん…これは彫刻ではありません。
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 緑道以外でも、この界隈には前庭に彫刻作品がある企業ビルもあって楽しめます。
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 この彫刻は、緑道の脇にある日本銀行大阪支店の郵便制度100年を記念して設置されたポストの上にあります。
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 当然ながら、辰野金吾が設計した日本銀行ですから、彫刻のような装飾が楽しめます。
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 都心ならではの遊歩道からの光景…ですね。
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by suzu02tadao | 2015-05-17 16:05 | Comments(2)

中之島図書館のブロンズ灯

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 「中之島まつり」の会場にある中之島図書館はネオ・バロック様式の建物ですが、ブロンズ製の照明の装飾も豪華です。
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 様々な植物をモチーフにした装飾が組み合わされています。
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 細部を見ると、ひとつひとつの装飾が細密につくられていることが分かります。
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 さて、この葉が扇状に広がった装飾はパルメット文様と呼ばれるもので、古代オリエントが発祥と言われています。
 パルメット文様は繁栄や発展を表す聖なる木がモチーフになっていて、古代ギリシアやローマの建築装飾によく使われています。
 日本へは唐の時代に伝わって、それが唐草文様、宝相華文様になったということです。
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 明治時代に西洋建築の伝統的文様として新たに入ってきたパルメット文様なのですが、そういえば、大江ビルヂングでも印象的に使われているものの、どこかで「和」を感じてしまいますね…
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by suzu02tadao | 2015-05-15 10:20 | Comments(0)

中之島まつり

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 大大阪時代を代表するような近代建築がある中之島公園で開催された「中之島まつり」。
 今年は会期中にケガ人が出る事故もありましたが、例年どおりの盛況だったようで、銅像の関一もホッとしていることでしょう…
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 もともと「中之島まつり」は、美しい中之島公園の景観を守る活動として始まったものだそうです。
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 重要文化財の中之島公会堂や中之島図書館の前では様々なアトラクションが行われていました。
 これらの文化施設を背景に、焼きそばやフランクフルトなどの屋台、あるいはフリーマーケットや古本市などの露店が数多く並ぶ姿は、大阪らしくていい風景だと思います。
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by suzu02tadao | 2015-05-14 13:50 | Comments(0)

グレート大坂(大大阪)な玉造

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 少し前に、玉造駅から「こちかぜ」に行く途中で、いかにも大阪レトロな街角だな…と思って撮ったのが下の写真だったのですが、その後、大阪高低差学会のサイトで、私の歩いたルートがそのまま大坂城の南惣構堀に当たる事が分かり、今一度訪れてみたら・・・
 大阪(大坂)の地名の由来となった?グレートな坂と、菅原道真も食べたと言われる伝統的な浪花名物(粟おこし)とのツーショットが!!
 まさに…大阪を象徴する風景ではありませんか!?
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 南惣構堀に当たるこの辺りはその名も空堀町。
 壁面のタイルがいい雰囲気ですね…
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 玉造は以前にも紹介したとおり、戦前の大大阪時代の面影を残しており、昭和レトロな佇まいがいたるところで見られます。
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 南惣構堀に沿った道路に面している「こちかぜ」。3年前の写真ですが…今も変わってなかったと思います。
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 こちらはJR駅前の商店街の中にあった、以前から気になっているレンガ造りの蔵です。
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 せっかくなので、玉造と言えば「真田丸」をはじめとする観光名所も取り上げておきます。
 三光神社の「真田の抜け穴」。
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 心眼寺。
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 どんどろ大師 善福寺。
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 道路の真ん中にある白光大神から玉造稲荷神社を望む。
 玉造稲荷神社の北側には、仁徳天皇の難波高津宮があったとされています。
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 個人的に一番気に入っているのが、観光名所ではなくて、起伏の激しいこの辺りの地形を象徴するかのような崖の上にひっそりと佇む松ノ木大神です。
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by suzu02tadao | 2015-05-11 14:40 | Comments(0)

花と緑の街角

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 風薫る五月…
 テーマパークや公園はもちろんのこと、街のあちこちで花が咲き乱れていますね。
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 一年中、満開の花の街もあります…
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 …が、最近の花も鮮やかすぎて作り物のようですね・・・
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 「いいビル」大阪ニット会館のニット柄の窓に照り映える花々…
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 昭和レトロな「もじゃハウス」
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 廃線跡の遺構
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 雑草ガーデニング…
 すぐ脇には吸い殻なども落ちていますが、なかなか風情があります(^^)
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by suzu02tadao | 2015-05-08 14:35 | Comments(0)

津高和一

◇香う風(1956年)
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 前々回そして前回と、続いて取りあげたのは、昭和32年(1957年)の『平凡』9月号付録でしたが、同年の『美術手帳』9月号では、上図の作品など、抽象絵画のパイオニアとして活躍していた津高和一(1911-1995)が特集されていました。

 この時期、美術界ではヨーロッパのアンフォルメルやアメリカのアクション・ペインティング、そして日本でも具体美術などの新しい抽象表現の運動が注目をあびていました。

◇地熱(1956年)
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 1956年12月号『美術手帳』では、タイトルのピカソの言葉などをもとに、自身の作品及び抽象画の解説をしています。
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 津高和一さんとは一度だけ、話したことがある…
 少人数のセミナーの講話で、内容はほとんど覚えてないが、
 岡本太郎の作品について強烈に批判をした後、
 唐突に、なぜか私を見て「君はどう思うかね?」と聞かれたのであった。
(私が熱心に話を聞いて、同意しているように見えたのかもしれない…?)
 私は学生時代に岡本太郎著『今日の芸術』などを読んでいたので、
「岡本太郎の作品は好きではないが、著書においては良いことも言っているとは思う…」
 と正直に答えたとたんに、
「何を言ってるんだ!あんなやつの言ってることを信じちゃダメだ!」
「昔、対談した時、あいつは僕に向かって、<僕には女学生からもファンレターが来るんだ、君なんかはファンレターをもらったことはないだろう…>なんて言うんだ!」
「芸術にファンレターなんて関係ないのに、そんなことを言うんだよ!」
「本当にあいつは作品も何もかもが、いいかげんなやつなんだ!」
 私「・・・」

 と、それ以来…一層、私は津高和一さんのファンになりました…

 阪神・淡路大震災で被災され、亡くなられてから20年になりますが、ジュンク堂のブックカバーがおなじみですね…
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 ということですが…上図は10年以上前のデザインのブックカバーでした…
 現在は下図のデザインです。
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by suzu02tadao | 2015-05-06 07:45 | Comments(0)