1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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<   2016年 03月 ( 12 )   > この月の画像一覧

土佐堀川モダン「山内ビル」

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 土佐堀川沿いにある山内ビルは、「マヤカン」を設計した今北乙吉(1894-1942)の作品です。
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 ほぼ同じ頃に建てられただけあって、「マヤカン」と雰囲気が似ていますね…
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 よく見ると外壁がわずかにカーブを描いているのが分かります。
 川に面した側は、建物の裏側になるのですが、当時の土佐堀川は舟運が盛んだったため、このような凝った造りにしたのだと思われます。
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 土佐堀川と言えば、朝ドラ『あさが来た』の現作小説の題名にもなっていますが、下の写真は昭和の初め頃のもので、土佐堀川を挟んで、山内ビルの真向かいにあった朝日新聞本社別館裏口の桟橋から巻取紙を運んでいる情景です。
 肥後橋の向こうに見えるのが、旧大同生命ビル(元々加島屋があった所)と住友ビルディング(現三井住友銀行大阪本店)です。
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 山内ビルの正面です。
 背後に建設中の中之島フェスティバルタワー・ウエストが見えます。
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 もともとは法律特許事務所として建てられたものです。
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 さすがに正面だけあって、スパニッシュ風褐色タイルの貼り方も、所々、変化をつけていて、それがアクセントになっていますね…
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 現在はテナント・ビルとして使用されていて、なんとなく、NY風の都会的な雰囲気があります…
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by suzu02tadao | 2016-03-30 07:30 | Comments(2)

Let it be…<摩耶観光ホテル-3>

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 かつて「軍艦ホテル」と呼ばれた「マヤカン」。
 難破船にも見えるその威容は、1929(昭和4)年に阪神間モダニズムを象徴するリゾートホテルとして開業以来、時代の波に大きく翻弄された歴史を物語っているとも言えます。
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 ディテールの一つ一つにドラマがあって、何かを語りかけてくるような迫力が感じられます…
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 「マヤカン」はこれからも、時の流れのままに、あるがままのドラマを語り続けることでしょう…
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When I find myself
in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom,
let it be

Let it be, let it be
Let it be, let it be
Whisper words of wisdom,
Let it be
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by suzu02tadao | 2016-03-27 08:50 | Comments(2)

窓辺で…<摩耶観光ホテル-2>

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 窓から差し込む光が美しい「マヤカン」ですが、
 窓そのものがつくりだす形と色彩は、まさにアート作品です…
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 人為的につくられたものが、時の流れとともに廃れてゆく…
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 自然の摂理の中で生まれた偶然の美。

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 これは、奇跡のアートと言えるかもしれません。

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 荘厳なる…クラルテ(光明) !
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by suzu02tadao | 2016-03-25 06:40 | Comments(0)

記憶の彼方へ…<摩耶観光ホテル-1>

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 通称「マヤカン」。
 ここには、学生やサークル等の合宿所だった頃に、2度ほど泊まったことがあったと思うが、いずれにしても30年以上も昔のことなので、記憶が定かではなく、どの部屋に泊まったのかも覚えていない。

 3階のエントランス近くにあった卓球台で遊んだことだけは覚えていたので、確認したいという気持ちもあって、以前から訪れたいとは思っていたが…
 確か、この場所だったと思う。
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 壁ぎわ?に、日本画が描かれた大きな衝立のようなものがあったように思う…
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 現在、経年劣化による損傷が激しく危険であるため、完全に立入禁止となっていると聞いていたので、自分の思い出の場所だけを確認したら、すぐに立ち去ろうと思って来たのだったが、廃墟マニアに聖地と崇められ、廃墟の女王と呼ばれる「マヤカン」。

 気がつけば2時間も滞在してしまったのだった…
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 各部屋には、なぜか様々の小道具が置いてあって、廃墟マニア向け撮影スタジオと言ってもいいくらいです…
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 大ホールは、その昔に私が利用した時も使われていなかったように思う。
 その当時も、大分、朽ちていてレトロだったなぁ…
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 典型的なアールデコ・デザイン。
 朽ちて尚、設計者の今北乙吉のセンスが光っています。
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 次回は、もう少しディテールを楽しんでみようと思います…
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by suzu02tadao | 2016-03-23 11:20 | Comments(2)

江川蘭子 <新青年>

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 雑誌『新青年』(昭和5年10月号)。
 表紙は松野一夫です。
 実際に手に入れたものは、表紙が破れていて、大胆にも表側から透明ビニール・テープで貼り付けてあるというシロモノで…大分、画像は修正しています(-_-;)

 雑誌というのは、都市に似ている。そこにはあらゆる雑多なものが集められていて、都市の雑踏をそのまま支配しているかのように見えるのである。したがって、雑誌の面白さというのは、個々の小説や読物だけでなく、コラムやさし絵や、さらには広告を含めた丸ごと全体のうちにひろがっている。

 海野弘は、1985年に『復刻版新青年』の発刊にあたり、上記のように書いていますが、この当時の『新青年』はモダニズムの雑誌として最盛期を迎えていました。

 この号には、モボ・モガを父母として生まれてきた妖艶、江川蘭子の魔性の生涯を、江戸川乱歩から横溝正史・甲賀三郎・大下宇陀児・夢野久作・森下雨村と書き継がれた連作小説『江川蘭子』の第二回目、横溝正史「絞首台」が載っています。
 舞台になっているのは当時の芦屋で、阪神間モダニズムのライフスタイルの一端を知ることができます。

 阪神沿線の芦屋村と言へば、日頃は物静かに取りすました文化村にしか過ぎないが、それが一度夏になると、打つて変つて、俗悪な海水浴場になつてしまふ。こゝにある貸別荘を目ざして、大阪から神戸から、遠く京都から、金持ちで、暇のある連中が、押すな押すなで押しかけて来る。見る見る村中は、濃い白粉と口紅と、華美な海水着の色彩で塗りつぶされてしまつた。
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 さし絵は、まだ初々しさが感じられる岩田専太郎ですが、これがなかなかいいのです…
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 レイアウト・センスなども抜群です。
 よく知られる浮世絵風の作品よりも私はこちらの方が好きです…
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 幽霊屋敷といふのは、ラン子の邸宅から数町山の方へ寄つた、小高い丘の上に建つてゐた。どういふものか長い間棲む人がなくて、広い建物は荒廃するにまかされてゐた。窓のガラスは皆壊れて、屋根にも所々大きな穴があいてゐた。煉瓦はくさつて、ぼろぼろになつてゐたし、床板は湿気のためにぶよぶよとして、靴がめいり込みさうだつた。
 ラン子は今、この建物の中にこつそり足を踏み込んだ。遠くの方で折々雷の音がして、その度に、ブラインドのない窓から、かみそりのやうな光が入つて来た。嵐の前触れのやうに、桐の葉がざわざわと梢を鳴らして、白い葉裏を見せてゐた。


 この小説を読んでいるうちに、どうしても訪ねたくなった場所を次回は取り上げます…
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by suzu02tadao | 2016-03-20 17:55 | Comments(2)

バロックな奈良【3】

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 奈良には、昔の風情を今に伝える「ならまち格子の家」のような古い町家や寺社なども数多く残っています。

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 その一方で、前回の椿井市場のように時の流れの移り変わりを示すものもあります…
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 これは、2年前に撮った「半田アパート」です。
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 現在も外観はほとんど変わっていませんが、階段には鳩の糞がたくさん落ちていて、注意しないと踏みそうになります。
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 2階は空き家のようです。
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 2年前の写真です。
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 現在…古い家が無くなっています。
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 2年前の古い家の一部です。いい雰囲気でした…
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 2年前です。
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 現在…「テナント募集」となっていました。
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 2年前の写真ですが現在も残っています。
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 2年前。
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 現在。
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 2年前。
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 現在。
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 古いものと新しいものが入り混じる奈良です…
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by suzu02tadao | 2016-03-17 11:20 | Comments(0)

バロックな奈良【2】椿井市場

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 柊鰯(ひいらぎいわし)は、節分に魔除けとして使われるもので、奈良市内では、多くの家々がこの風習を今でも受け継いでいて、よく見られるものです。
 ほとんどシャッターが閉まっている椿井市場ですが、こんなところにも微かに息吹が感じられます…
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 昭和30年代にできた、奈良市でもっとも古い公設市場だったということで、狭い通路に食品なら何でもあると言われたくらいに店がいくつも連なっていて、昔はとても賑わっていたようです。
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 かつては、なかなかインターナショナルだったようです。
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 廃れゆく・・・という表現がピッタリなのに、不思議な存在感がある椿井市場。
 まさに、バロック!です。
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by suzu02tadao | 2016-03-15 09:25 | Comments(2)

バロックな奈良【1】

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 青丹よし 奈良の都は 咲く花の
       にほふがごとく 今盛りなり


 正倉院の宝物を見てもわかるように…奈良の都は近隣のアジアだけでなく、シルクロードを経て様々のインターナショナルな文化が入ってきていたことから、異質なものがぶつかり合っていて、とても華やかだったようです。
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 そのような伝統があるからなのかもしれませんが、以前にも紹介したように、奈良の町を歩けば、いたるところでアバンギャルドでユニークなものが多々あって、これはもう、バロック!と表現するほかありません!
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 バロックとは、16世紀末から18世紀中頃までヨーロッパで一世を風靡した美術・文化様式のことで、誇張された造形や凝った装飾が混然一体となったドラマチックな表現が特徴ですが、まさにそういった意味で「過剰で仰々しい」バロック!ワールドに出会えるのが奈良なのです。
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 お伽の国にあるような「メルヘン」な奈良女子大学の正門。
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 正門の斜め向かいにある初宮神社は、春日大社の境外末社です。
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 神社のような「ビッグナラ」は普通のスーパーマーケットです。
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 伝統的な東向商店街にある「ダイソー」の堂々たる店構え…
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 伝統的な町家が多い「ならまち」にて…
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 ポップな鹿さん達…
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 プラスチック製のポップな広目天と観光大使、尾野真千子さんの絶妙なツーショット…
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 次回はバロックな奈良を象徴する椿井市場を訪ねてみます…
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by suzu02tadao | 2016-03-13 07:00 | Comments(0)

西長堀アパート <竜馬がゆく>

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 大阪市立西区民センターから見た西長堀アパートです。
 今日ではよくある風景ですが、西長堀アパートは日本住宅公団による都市型高層住宅の第1号になったもので、1958(昭和33)年の竣工当時は最先端の設備とサービスが整った高級アパートでした。
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 司馬遼太郎が西長堀アパートに住みはじめたのは昭和34年12月からですが、すぐ近所には中央図書館や公文書館もあって、作家にとっては絶好の場所だったようです。

 そして、西長堀アパートは土佐藩邸の敷地跡に建てられたもので、西隣には江戸の記憶を今に留める「土佐稲荷」がありました。
 この地で司馬遼太郎が執筆した大作『竜馬がゆく』は、昭和37年6月21日、産経新聞で連載が開始されたのでした。
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 『竜馬がゆく』は、後に司馬遼太郎の作風と言われる手法が確立された最初の小説で、また世間一般でイメージされる坂本龍馬像はこの小説で作られたと言ってもいいものですね。
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 このような作品が高度成長期を代表するマンモスアパートと呼ばれた西長堀アパートで生まれたというのも象徴的な気がします…
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 耐震性の問題で新規入居は停止されていましたが、リノベーションを経て、この春に新規入居の募集が再開されました。
 が、現在、空き部屋はないようです…
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by suzu02tadao | 2016-03-11 11:40 | Comments(0)

大阪取引所 <五代友厚>

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 朝ドラ『あさが来た』に登場して、大ブレークしている五代友厚ですが、先日も数人の若い女性達が「あっ、五代さまだ!」と言いながら、この像を撮影していました。
 ところで…
 織田作之助は五代友厚のことを、<明治の大阪の指導者として、右に出る人は一人もいない>と評価しており、また次のようにも書いていて、興味をそそられました。

 五代と親交のあつた坂本龍馬の風貌は維新の志士中でももつとも新人の印象が強いが、五代もまたその精悍の度で龍馬と伯仲してゐるばかりでなく、龍馬に劣らぬ新人らしい風貌をもつてゐる。

 今日、幕末の英雄として圧倒的な人気を誇る坂本龍馬ですが、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』が世に出るまでは、五代友厚と同じようにそれほど知られた人物ではなかったようです。
 そんな中で、この二人に注目していたのですから、やはりオダサクはただものではなかったわけですね…
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 北浜にある大阪取引所は、五代友厚が中心となって設立された大阪株式取引所が前身ですが、1935(昭和10)年に、楕円形のシルエットと列柱による外観が特徴的なモダン建築となりました。
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 外観と共に場立ち2000人を収容する冷暖房完備の大空間をもつ取引所は当時、画期的だったようです。
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 2004(平成14)年、高層化に伴い玄関部を残して全面改築されましたが、大部分のファサードと楕円形のエントランスホール等は復元、保存されました。
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 アールデコ・スタイルのステンドグラスも創建当時のものですが、とてもお洒落です。
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 ステンドグラスの表側の面格子、
 そして外灯などの装飾は全てアールデコ・スタイルで統一されています。
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 五代友厚は、まさにディーン・フジオカが演じたイメージそのままに、旧態依然として低迷していた大阪経済を近代的に発展させたわけですが、大阪取引所のモダンなスタイルはその意志を継ぐものだったと言えます。

 この大阪取引所から道を挟んで北側に、高層ビルに挟まれた2階建ての小さな煉瓦造りの建物がありますが、これは、1912(明治45)年竣工の「北浜レトロビル」です。
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 1924(大正13)年発行の大阪市パノラマ地図を見ると、[株式]の文字のすぐ左側の建物が「北浜レトロビル」のようです。
 そして、更に左側の[なにはばし]のたもとにそそり立つのが、1921(大正10)年竣工、7階建の「北浜ビル」です。
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 このビルは現存しませんが、長い間、大阪取引所と共に北浜のランドマークになっていました。
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「北浜ビル」の5階には「シャンレーダンス倶楽部」があったようです。
 大阪商人というと、花登筺の小説に出てくるような泥臭いイメージに思われがちですが、五代さまのように、カッコいい大阪商人もたくさんいたのではないかと思われます…
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by suzu02tadao | 2016-03-08 11:05 | Comments(0)