1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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<   2017年 07月 ( 11 )   > この月の画像一覧

蛸薬師通<烏丸通から東へ>

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 1916(大正5)年に山口銀行京都支店として建造され、後に北國銀行へ、現在は「DEAN&DELUCA」というカフェとして利用されているこの建物は、辰野金吾の晩年の作品です。

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 辰野式フリークラシックでありながら、長方形と菱形に大きく簡略化させたセセッション様式の装飾は、東京駅舎完成後の後期作には多く見られるようですが、なかなかオシャレですね…

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 この建物は烏丸通蛸薬師南西角にあります。

 前回取り上げた「土井撰美堂」は烏丸通を挟んで向かい側にあったようですが、洋風に額装された日本画とこの建物のハイカラなイメージは、とてもマッチしていたように思われます…
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 ♪ あね さん ろっかく たこ にしき・・・
 と、京都の通り名のわらべ歌にあるように、蛸薬師通は京都の台所・錦市場で知られる錦小路通の一本北側にある通りです。
 
 この建物のある烏丸通から蛸薬師通を東へ歩いて行くと、他にも独特のハイカラな風景が散見されます…

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 100年前のレンガ造りと土蔵が並んで建っているのは、業務用暖簾・座布団の専門店。

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 すぐ近所には国指定・登録有形文化財の「らくたび京町家」があります。
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 錦市場に近いこともあって、通りの周辺は落ち着いた中にも華やかな雰囲気があります…
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 新京極まで来ると、この通りの名前の由来となった蛸薬師堂につき当たります。
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 更に東へ行くと…
 坂本龍馬が暗殺された近江屋跡や土佐稲荷・岬神社などの史跡もあります。
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by suzu02tadao | 2017-07-29 10:00 | Comments(2)

大正ロマン<額装日本画>

◆村上華岳「静物」
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 皿の上にあるのは李(すもも)だろうか…
 それにサクランボがさりげなく添えられている…

 図版はモノクロでどんな色なのかは分からないけれど、一見すると平凡な静物画で、華岳もこういう絵を描いていたのか…と意外に思ったものの、子細に見てゆくと、代表作といわれる仏画や山水画とも共通する奥行のある深遠な表現になっていて、特にサクランボの軸のしなやかな筆づかいなどは簡単に見えて、ちょっと真似のできない表現だと思う…

 村上華岳(1888-1939)は京都市立絵画専門学校を卒業後、文展で特選になるなど活躍しましたが、文展の審査のあり方に疑問を抱き、同窓の土田麦僊や野長瀬晩花などと共に国画創作協会を設立、西洋美術と東洋美術の融合による新たな絵画の創造を目ざしました。

 「静物」は国画創作協会の他の仲間たちが渡欧する中、持病の喘息が悪化したために渡欧を見合わせて、その当時住んでいた京都の自宅で静養しながら描いたものではないかと思われます。
 その後、晩年は少年時代を過ごした神戸市花隈に移りますが、その場所は、前回取り上げたモトコーの北側になり、今でも旧居跡の石碑があるようです。

 学生時代に華岳の「裸婦図(下絵)」を初めて見た時の衝撃は忘れられません…
 私はそれまで華岳を知らなかったのですが、明治以降の日本で、しかも因習的と云われた日本画家の中に、このような凄い絵を描く人物がいたことにショックを受けたのでした。
 それにしても、重要文化財になったのは、作品としては劣る「本画」の方なのは、なんででしょうね・・・?

 この「静物」は、京都市蛸薬師烏丸東にあった「土井撰美堂」の大正11(1922)年のカタログ(図録)に載っていたものです。

 カタログは去年の京都知恩寺の1冊200円・3冊500円のコーナーにあったもので、掲載作品は全て不鮮明なモノクロの図版ではあるものの、価格表が付いていたので興味を惹かれて手に入れたのでした。
 ちなみに、この「静物」は 90円です。

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 カタログに載っている絵は、それほど大きなものではなく、どれも二尺(約60cm)くらいですが、その中で一番高額なのは、やはり竹内栖鳳の作品でした。

◆竹内栖鳳「南園禽語」 650円
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 上村松園の美人画も人気が高かったようです。

◆上村松園「虫音」 585円
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◆富田渓仙「奈良の秋夜」 185円
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◆橋本関雪「欧州所見」 85円
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◆菊池契月「婦」 220円
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 そのほかにも、石崎光瑤、井口華秋、林文塘、西山翠嶂、堂本印象、川村曼舟、川北霞峰、玉舎春輝、都路華香、植中直斎、山元春挙、小村大雲、榊原紫峰といった京都画壇を代表する作家の絵が掲載されています。

 今では額装の日本画は一般的なものですが、カタログの表紙には「洋額面式応用」とあって、大正時代に洋風の生活が広まる中で、中流階級であったサラリーマン層の和洋折衷住宅の応接間や居間に合うように、それまでの掛け軸から、値段もサイズも手ごろな、このような西洋風に額装された日本画が求められるようになったのだと思われます。

 現代に比べると、特に美人画では掛け軸の表装の面影が色濃く残っていて、最初は私も違和感を覚えたのですが、逆にその辺が日本独自の額装としてのオリジナリティもあって、また大正時代の華々しさも感じられるので、これもなかなかいいんじゃないかと思います。

 さて、今では「土井撰美堂」はないようですが、かつて店舗があった京都市蛸薬師烏丸周辺を訪ねてみると、大正時代に建てられたモダン建築も残っていて、今も大正ロマンの香りが漂っているようでした。

 次回はその辺りを取り上げてみます…
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by suzu02tadao | 2017-07-27 07:00 | Comments(0)

1年ぶりのモトコー

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 1年ぶりのモトコーです。

 すでに立ち退いた店舗も多いと聞いていたのですが、訪れてみると昭和レトロな雰囲気はそのままでした。
 もっとも、以前からシャッター通りが続く商店街でしたが…

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 モトコー5とモトコー6を中心に続くシャッター通りのトンネルはなかなか独特の雰囲気があります…
 最近、廃鉱のトンネルを観光地にしている所がありますが、なんとなく共通する魅力があるような気がします。

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 確かにトンネル内は「毎日が掘出市でーす」・・・
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 戦後、すごい勢いで発展したのは、三宮駅から神戸駅にかけてのヤミ市である。~(略)~
 東京人にちょっと珍しいのはガード下の商店街で、三宮駅から西へ約二キロにわたり、国鉄線路下に、長い商店のトンネルを形づくっている。総数七百軒というが、たいてい靴、洋服、雑貨などを売っていて、同じものを売る店がこんなにもならんで商売になるのかと怪しまれるくらいだ。東京の上野駅から御徒町にかけてのアメ横を思わせるが、ずっときれいで、もはやヤミ市の面影はない。

 大宅壮一著<混血の街・神戸『日本の裏街道を行く』昭和32年刊>より
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 店舗の飾り付けと落書きなどが混然一体となったトンネルは、現代美術の展覧会場のようになっているのも魅力です…
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 今まで気づかなかったのですが、モトコー6は通称「あじさいの街」で、ちゃんとあじさいのイラストもありました。
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 さて、来年の今頃も同じような風景が見られるのでしょうか…?
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【追記】
 今年も、はじまりました…
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by suzu02tadao | 2017-07-24 07:00 | Comments(2)

風鈴・神社

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 夏の風物詩・・・風鈴。
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 今まで降りたこともないような駅で、
 ふらっと降りてブラブラしていたら…

 どこからともなく涼し気な風鈴の音が聞こえてきたので、
 誘われるように歩いてゆくと…
 そこには小さな神社がありました。
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 駅前には昭和レトロなささやかなアーケード商店街…
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 遮断機のある線路脇には、力餅食堂、珉珉、居酒屋が並んでいました…
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 どこにでもあるような町の、
 どこにでもあるような風景も、いいものですね…
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by suzu02tadao | 2017-07-21 07:00 | Comments(2)

芦池更科

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 モダン心斎橋筋の番外編・・・

 東急ハンズ心斎橋店横の道を北に歩いてゆくと、2本目の通りの角にあるのが、昭和レトロな大衆食堂「芦池更科」。
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 昭和25年の創業当時と変わらない店内…
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 すぐ近くには大阪農林会館もありますが…
 周辺にはオープンテラスのあるカフェなどもあって、なかなかモダンでお洒落じゃないですか…
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by suzu02tadao | 2017-07-18 19:45 | Comments(0)

モダン心斎橋筋 <JAPANESE MODERN>

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 モダン大阪を生涯にわたり描き続けた小説家、藤沢桓夫は旧制大阪高校在学中に仲間たちと同人雑誌『辻馬車』を創刊するなど、青春時代を謳歌しましたが、「私の履歴書」の中でその頃の思い出を次のように語っています。

 それから戎橋筋・心斎橋筋を北へ、いくらか肩を聳やかすような元気な足取りで、さらに心斎橋を渡って、博労町の丸善書店まで行き、丸善の洋書部で新着の文学書やセザンヌやルノワールやローランサンの画集などを覗いて時間をつぶし、その店の2階の喫茶店で1杯のコーヒーか紅茶で大いにまた喋り合い、そこからまた同じコースを難波まで引返すことがしばしばだった。

 昭和2年の「心斎橋筋案内」が紹介されていた『心斎橋筋の文化史』を私が購入したのは、1997(平成9)年に大丸心斎橋店で本の出版を記念した展覧会が開催された時でしたが、その当時はまだ丸善書店は健在で、心斎橋筋には洋書をあつかう店は他にもありました。

 『JAPANESE MODERN』は、かつてあった心斎橋パルコの中の書店ロゴス(アセンスだったかもしれない?)で手に入れたように記憶しますが、さすがにアートやデザイン関係の出版では定評のあるサンフランシスコのクロニクルブックスが手がけたものだけに、掲載作品の選び方やレイアウトが斬新で、私が「松竹座ニュース」のデザインの魅力に憑りつかれたのも、この本の購入がきっかけでした…
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 クロニクルブックスのこのシリーズの中、『FRENCH MODERN』は京都でしたが、『DUTCH MODERNE』はやはりロゴスで手に入れたものです。
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 すでに『心斎橋筋の文化史』が出版されてから、20年の歳月が経ち、今では心斎橋筋で洋書をあつかっているのはアセンスくらいだけになり、また輸入雑貨では、リチャードもソニータワーもなくなってしまい、他にも「心斎橋筋案内」に載っていたカワチ画材店の店舗ももうありません。

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 その当時から比べても、心斎橋筋は大分様変わりしています。

 ある意味では、より国際的になったとも言える心斎橋筋の今をスナップしてみました…
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 そんなふうに撮影しながら心斎橋筋をブラブラしていたら、昔のことを思い出しました。

 大丸で『心斎橋筋の文化史』の展覧会を観た後で、今も変わらない中尾書店にフラッと入って目にしたのが「CYCLE CIGARETTES」のパッケージでした。
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 大日本と書かれていたので菊の紋章のマークが入っているのかと思って、ようく見たら…
 自転車の車輪だったところが、大日本帝国時代にもかかわらず、シャレが利いていたので、思わず買ってしまったのでした。
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by suzu02tadao | 2017-07-15 07:00 | Comments(0)

モダン心斎橋筋 <文化発信>

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 大正13(1924)年、心斎橋筋2丁目にひときわモダンなビル、「丹平ハウス」が誕生しました。

 今治水や健脳丸で知られる丹平製薬が建設した画期的な複合商業ビルで、1階には薬局のほかに、アメリカ式の大理石のカウンターや最新式の清涼飲料機械が導入されたソーダ・ファウンテンがあり、上階には美粧部(美容室)や写真スタジオ、そして赤松麟作の洋画塾「赤松洋画研究所」がありました。

 「赤松洋画研究所」は夜間部も備え、画家をめざす若者だけではなく、近隣の大丸などの百貨店から、デザイナーたちもデッサンに通ってくるほどの人気ぶりでした。
 このように、最新流行スタイルのモボ・モガや先進的な文化人たちが集う「丹平ハウス」は、まさに大阪のモダニズム文化の発信地でした。

 下図は前回取り上げた「心斎橋筋案内」がつくられたのと同じ昭和2(1927)年の丹平製薬の従業員ノートですが、赤松麟作が手がけたと思われる、ジャワの影絵人形をモチーフにしたエスニックなデザインがなかなかオシャレです…

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 「心斎橋筋案内」を見ると、「丹平ハウス」の向かいにあって、共に大阪のモダニズム文化の発信地となった「をぐらや」のビルは建設中になっています。
 また、八幡筋の東角に今もある「不二家」や「森永キャンデーストア」など、モダン心斎橋筋を彩った店もこの時点ではまだできていません。

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 かつて「丹平ハウス」があった現在の場所です…
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 「丹平ハウス」の隣は「小大丸」。

 小大丸の店先に吊られた提灯と、黒く光る軒柱は、昔の心斎橋筋をしのぶ唯一のものであらう。どうせ世の中が変つてしまへば、人間の生活が変つてしまへば、このクラシツクが、却つて、モダアンぢゃないかとおもはれるほどの、ちか頃の心斎橋筋である。

 北尾鐐之助 が<心斎橋筋の一考察 『近代大阪』>の中で上記のように述べていた「小大丸」も今はビルの中です。
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 昭和のはじめから今も同じ場所にある店は、本当に貴重になってしまいました…
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 ところで、「不二家」の角を曲がったところの八幡筋は当時、美術・骨董街だったようで、畳屋町八幡筋角にあった「柳屋画廊」も大阪のモダン文化の一翼を担う店だったと言われています。
 下の写真は「柳屋画廊」があった辺り。この道を奥(東)に歩いて行くと「浪花組本社ビル」があります。
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 美術・骨董街の面影もないわけではありません…
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 さて、下図は「心斎橋筋案内」の1丁目の北端です。
 現在、石原時計店の「石原ビル」が淀屋橋のランドマークになっていますが、この当時、心斎橋のランドマークは石原時計店のビルでした。
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 その当時の絵葉書より…心斎橋と「石原時計店」。
 アサヒビールの看板の「いろは食堂」も有名だったようです。
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【参考】大阪市パノラマ地図(大正12年当時)
    心斎橋筋1、2丁目(丹平薬局があった辺り迄)
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by suzu02tadao | 2017-07-12 07:00 | Comments(2)

モダン心斎橋筋

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 先日の古本市で昭和2(1927)年につくられた「心斎橋筋案内」を手に入れました。

 これはコンパクトサイズの折り本で、心斎橋筋の1、2丁目の店舗が描かれているのですが、橋爪紳也監修『心斎橋筋の文化史』によれば、各店から注文を取って各々の広告を表紙に使って印刷頒布し、それを各店が顧客に配ったものだということです。
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 当時は「大大阪」と云われ、「東の銀座、西の心斎橋」と並び称され、「銀ブラ」に対して「心ブラ」が大流行していました。

 一口に心斎橋筋といふが、大体これを四つに分ける。
 長堀川に架つた心斎橋から、北の方新町橋通り付近に至るものを心北(しんきた)。それから心斎橋を渡つて南へ、大丸百貨店の、もう一つ南の辻、周防町までを心斎橋筋一丁目。それからまた南へ、道頓堀川に架つた戎橋までを同じく二丁目。戎橋から更に南へ、難波までを戎橋筋。
 かう分けてみると、世にいふ=心ぶら=とは・・・その一丁目及び二丁目がもつところの、凡そ七百メートルほどの小売商店街を覗きながら歩くことをいふのである。

 北尾鐐之助 <心斎橋筋の一考察『近代大阪』より

 「心斎橋筋案内」は、あの肥田晧三先生が所蔵する他には、現在ではほとんど残っていない貴重資料だということですが…それにしてはリーズナブルでした(^^)

 下図は『心斎橋筋の文化史』で紹介されていた図版です。
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 現在、建て替え工事中の大丸心斎橋店のフェンスでは、大丸の歴史が紹介されていますが、昭和初期の説明に「心斎橋筋案内」が使われていました。
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 大丸が近代的な百貨店のビルとして完成したのは御堂筋側ができた昭和8(1933)年ですが、昭和2年当時、「心ブラ」でにぎわう心斎橋筋の側は既にできており、こちらが正面玄関でした…

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 「心斎橋筋案内」に描かれた図と比べてみると、中央玄関の孔雀や周辺の装飾は、ほとんどが当時のままだったことがわかります…

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 心斎橋筋の大丸の屋上にのぼつて大都市街を展望する。近く完成した大阪歌舞伎座のビルディングや南海高島屋のビルディングなど、いづれも、空際に新しい色と線とを画して聳立してゐる。其他にも、新しいビルディングの出現はだいぶふえてきてをる。が、併し、よく見ると、自分の立つてるビルディングの脚下から、依然として、累々連つてをるあの大阪独特の町家のドス黒い屋なみを見出すであらう。
 橡内吉胤 <大阪の色から『日本都市風景』より

 関東大震災により古い町並みが無くなってしまった東京とは違って、心斎橋筋には古い町家が残っていましたが、後に村野藤吾の設計によりモダンなビルになった「そごう百貨店」も、まだこの当時は「十合呉服店」の時代で大正時代の面影を残す店舗でした。
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 余談になりますが、現在の「大丸心斎橋店・北館」の建物は「そごう百貨店」のリニューアルの際に建てられたものですが、出入口の庇のデザインは、「十合呉服店」のデザインを踏襲しているような気がしないでもない…?
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 私が手に入れた「心斎橋筋案内」は「羽田貴金属店」のもので、店舗は「十合呉服店」の向かいにありました。

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 かつて「羽田貴金属店」があった辺りと思われる現在の店頭風景。
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by suzu02tadao | 2017-07-09 07:00 | Comments(2)

紫陽花祭 <力餅食堂>

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 明治時代から続く老舗の大衆食堂「力餅食堂」は、京阪神を中心に現在およそ100店舗あるようです。

 近年はマニュアル化された外食チェーン店の勢いに押され、更には後継者不足もあって店舗は減少しつつありますが、うどんやカレー、丼モノといった定番メニューに加えて、名物のおはぎなどの甘味もいただける、昔ながらの下町の食堂として、庶民的でくつろげる雰囲気の店内はとても魅力的です…

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 藤森神社の近くにあるこの「力餅食堂」には、紫陽花祭にちなんで店先にあじさいの鉢が置かれていました。

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 この店が面している道筋には、昔ながらの八百屋さんや衣料品店などもあって、昭和レトロな商店街の面影を残しています…

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 また、この道は豊臣秀吉によって開かれたといわれる旧街道でもあるので、前回紹介した「椿堂茶舗」のように、いにしえの風情を残す町家も残っていました。

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 藤森神社の周辺は、さすがに外国人観光客の姿もなく、散策しながら、京都洛外の普段着の生活の移り変わりも楽しめたような気がします…

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by suzu02tadao | 2017-07-06 11:00 | Comments(2)

紫陽花祭 <茶房竹聲>

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 藤森神社の近く、
 明治12年創業の「椿堂茶舗」に併設された「茶房竹聲」。
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 石畳の細い路地を進み店内に入ると、アンティークな家具や調度品が飾られた落ち着いた雰囲気の中、小さな坪庭を眺めながら静かにお茶や和菓子を楽しむことができます…

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 藤森神社の紫陽花祭にちなんだ季節限定の冷茶付「あじさいセット」をいただきました…
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 「椿堂茶舗」は東福寺や伏見稲荷大社などの社寺御用達をつとめる日本茶専門店。抹茶、煎茶、玉露のほか、京都府産茶葉でつくった和紅茶などめずらしい茶葉も揃っています。

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by suzu02tadao | 2017-07-04 10:10 | Comments(0)