1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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京都モダン漫歩<2>

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 以前、京都は近代化遺産の宝庫…と記したが、「村山知義の宇宙」展が開催されていた京都国立近代美術館【1986(昭和61)年】も、設計は代官山ヒルサイドテラスやスパイラル等を手掛けた槇文彦である。
 この近代美術館を疏水べりに東山・南禅寺の方に向かって歩いて行くと、「インクライン」【1890(明治23)年】がある。「インクライン」は琵琶湖疏水の大津からの舟運ルートの途中、水路落差のあるこの地に敷設された傾斜鉄道で、現在は使用されていないが、今も残る線路沿いの坂道には見事な桜並木があり、京都では定番のお花見スポットとして、多くの観光客で賑わうということだ…。
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 『図説 アール・デコ建築』(吉田鋼市著)によると、昭和初期に建てられた鉄筋コンクリート造の建物で、表面にタイルやテラコッタを張ったり、モールディング等の装飾があるものは、みなアール・デコといってもそれほど間違いではないという。
 アール・デコ建築は日本全国津々浦々にあり、この本の中では、京都にある代表的な例として武田吾一設計の「1928 ビル(旧・毎日新聞京都支局)」が紹介されているが、このビルから歩いてすぐの「アスタルテ書房」に行く途中にある建物もアール・デコといっても間違いではないのだろう…。

◇「1928 ビル」『図説 アール・デコ建築』より
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# by suzu02tadao | 2012-05-16 13:20 | Comments(0)

「村山知義の宇宙」

【左】ベルリン留学前(1921年)、【右】(1923年6月)
白川昌生編『日本のダダ 1920~1970』より
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 「すべての僕が沸騰する―村山知義の宇宙―」展は、村山知義の多彩な活動の足跡をたどる回顧展ということで、たいへんに見応えのあるものだった。
 展覧会図録を見ているだけでも楽しいが、関連する資料をいろいろと取り出してきて、改めて眺めてみるのも楽しい…。
 展覧会及び図録でもふれているが、村山知義は当時のファッション・リーダーでもあり、そのおかっぱヘアや服装はまさに時代の先端を行っているものだった。

◇1925年当時の村山知義夫妻(1926年6月発行の『婦人公論』に掲載された写真と記事)
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夫婦同頭
 こんな例に、いやしくもわが新芸術運動の大家を借りてくる事は失礼かも知れないが、男と女とが形の上に於いて次第に接近してきつつある事を示すために村山知義、同籌子(かずこ)夫人の御夫婦を借りてくることにする。
 習慣で何とも思わないものの、今のように女が髪を結ったり男が髪を切ったりしたのもその初めは変なものだったに違いない。さすれば、男が長髪にし、女が断髪にするのも、今でこそ異様に見えるが今に不思議でも何でもない時代が来るのかも知れない。「変な恰好なものを頭に戴いていた時代もあったのね。」などと云って笑う時代がそれも近い内に来ないとも限らない。そういう時代が来れば、さしあたり今の丸髷などはさっそく珍奇博に出品されるはずのものだが、男女の区別を頭の形で見分け慣れている地方の人などは、未だに異様の思いをされることであろうと思う。
 どっちが男? どっちが女?―などと言って騒ぐほど、これなどは見分けのつかないこともないが、肩まで布団を被った寝姿などを想像したら、ちょっと戸惑いそうにも思う。―それに、今に性質までが変わってこないとも保証できないから、そうしたら、男も女も同じようなのが出来上がるような時が来るかも知れない。 


 モダンボーイ(モボ)とモダンガール(モガ)の出現には、その当時の文化の大衆化及び都市化といった現象が背景にあったという。

◇「モダンガールとモダンボーイ」細木原青起【1928(昭和3)年】より
男?女?モガは髭が欲しかろう?
      モボは乳房が欲しかろう?
おれ達の銀座だと言わんばかりに幅をきかして歩くモボとモガかな。

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◇「モガ子とモボ郎」田中比左良【1929(昭和4)年】より
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 さて、時代の最先端を行く前衛芸術家として出発した村山知義はその後、プロレタリア芸術運動として演劇活動を中心に活躍し、1957(昭和32)年4月に新劇代表団として中国を訪問しているが、雑誌『テアトロ』の9月号には「周恩来会談記」、10月号には「園遊会・潮劇・話劇」を掲載している。
 尚、この『テアトロ』の表紙の装丁は勅使河原蒼風である。
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# by suzu02tadao | 2012-05-11 10:35 | Comments(0)

終戦後の前衛<美のアヴァンギャルドの温床>

「第32回二科展(名古屋)目録」表紙【1947(昭和22)年】
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 この「第32回二科展目録」及び次の「第35回二科展解説」は、古本市ではなく、最近、ネットオークションで手に入れたもので、主にこの時代のクラシック・コンサートのパンフレットを数十種類一括で出品されていた中に紛れ込んでいたものだが、これがなかなかおもしろい。

 既にこの頃の二科会は東郷青児が中心となっており、表紙に使用されている絵も東郷青児のもの(青児サイン)になっている。
 内容は出品作品の他に会員名簿が載っており、その頃の会員には岡本太郎をはじめ当時の前衛芸術家の多くが名を連ねている。

 岡本太郎はこの年に「夜」という作品を出品しているが、翌年に結成された前衛芸術の研究会「夜の会」は、この作品にちなんで命名されたもので、岡本太郎の画業において重要な作品であることがうかがえる。
 ちなみに「夜の会」のメンバーは、岡本太郎のほかに花田清輝、埴谷雄高、野間宏、安部公房、佐々木基一、関根弘などであった。

 その他、絵画部でその後に国際的にも高い評価を受ける芸術家としては、前衛美術集団「具体美術協会」を1954年に結成する吉原治良、1950年に渡米してニューヨークを中心に活躍する岡田謙三、サンパウロ・ビエンナーレやヴェネツィア・ビエンナーレ等で日本代表として活躍する山口長男などがいる。

 彫刻部では、戦前に「アクション」や「三科造型美術協会」等で前衛美術運動を展開した浅野孟府がいる。浅野孟府は、同じく二科会の絵画部会員の鈴木信太郎高岡徳太郎(戦前には大阪高島屋でデザイナーとして活躍した)と共に1955年に一陽会を結成する。また、堀内正和はこの年に会員になっている。

 おもしろいと思うのは工芸部で、バウハウスに留学した山脇巌や後に前衛華道で活躍する勅使河原蒼風は分かるとして、千宗室千宗左が会員になっていることだ…。

 さて当時の二科会には、理論部がありその会員は、次の通りとなっている。
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 この中では、鈴木崧(たかし)はアンフォルメルの画家で、「アンフォルメル中川村美術館」には鈴木崧の作品のほか、鈴木崧の収集したアンフォルメル作品を展示しており、吉原治良の作品も展示しているようだ。
【参考】「アンフォルメル中川村美術館」

 山中散生(ちるう)は1929年に、北園克衛らが参加した前衛詩誌『CINE(シネ)』を主宰。フランスの超現実主義者のエリュアールやブルトンらと交流して、日本のシュルレアリスム運動を推進し国際的にも名が知られる。著作に「山中散生詩集」「シュルレアリスム 資料と回想」などがある。

 北園克衛植村鷹千代については次の「第35回二科展解説」【1950(昭和25)年】でふれてみたい。
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 「第35回二科展解説」では、主な会員作品及び入選作品についての解説と、第三十五周年記念展覧会ということで、植村鷹千代が「日本の近代美術と二科会の歴史」を載せている。
 会員作品の代表的なものについては図版も載っており、以下その一部を紹介する。
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 <岡本太郎氏は最近一連の社会風刺的な作品をかいてゐるが、「森の掟」もまたそのカテゴリイに入るものである。内容の平易な提出は氏の作品の理解に役立ってゐる。>

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 <吉原治良氏の「少女と七羽の鳥」はシュルレアリストとしての氏の豊富な才能を遺憾なく示した快心の作であらう。>

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 <中原實氏の「神々の飜譯」は例によって一捻りした作品であるが、氏の透抜な手法は、ギリシャの神々を近代のサイエシフィックなイデのなかに把えて興味ふかい。>

 戦前から前衛美術の評論を中心に活躍していた植村鷹千代は、「日本の近代美術と二科会の歴史」の中で、
 <~現在の二科会は、同会を美のアヴァンギャルドの温床にしたいという信条を表明しているが、二科会の創業は、事実上、日本の美術の近代化の母胎としての役割を演じてきたのであるから、創業二科の精神をつぐには当然そうあらねばならない。>として、二科会創業時からの歴史の概要を述べた後、
 <二科が、典型的に美のアヴァンギャルドの温床であった創業期においては、二科の対近代美術、ならびに対美術界の態度は、はっきりと進歩的であり、しかも、決意的であった。したがって、これから、美のアヴァンギャルドの温床たろうとする現在の二科会が、この希望をほんとうに実現するためには、二科会の会員たちが協力して二科の進歩性を促進しなければならないのは当然である。そのことは二科会の歴史が、一番よく教えているところでもある。>と述べている。

 そして、ここで私が最も注目したのは、この「第35回二科展解説」の編集責任者が北園克衛であることだ。
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 この冊子では冒頭に「二科会趣旨」として次のように述べられている。
<~一貫した二科の伝統精神は、現代を認識する徹底性に於いて、一流一派式に会の方向を限定する態度を採らない。このことは、新しい価値の創造に向って不断の発展を期する本会の必然の信条であると共に、全会員に対する制作上の自由をあくまで擁護する所以である。
 流派の如何を問はず、新しい価値の創造者は抜擢され待遇されるであらう、かくて本会を新しい美の温床たらしめようとする努力は我々の不変不動の鉄則である。~>


 北園克衛が編集責任者として名前を記載しているということは、この「二科会趣旨」及び前述の作品の解説文は北園克衛のものであろうと思われる。
 北園克衛についてはモダニズム詩人、前衛詩人あるいはデザイナーとして評価が高いが、その代表作の機関誌「VOU」の出版は二科会会員の中原實の出資に拠っていたことを考えると、この当時の北園克衛のはたした役割というものについても興味深いものがある。
 さて、「第32回二科展目録」及び「第35回二科展解説」の装丁も北園克衛が手掛けているように思われるがどうであろうか?
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# by suzu02tadao | 2012-05-07 11:30 | Comments(0)

京都モダン漫歩

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 昨日は、京都市勧業館「春の古書大即売会」に行ってきた。
 いつもとは違うルートで、神宮丸太町駅から疏水べりに沿って歩いたが、途中には夷川発電所【1914(大正3)年に建設され、現在も稼働中!】や、1924(大正13)年竣工の橋などがあり、京都は近代化遺産の宝庫であることを改めて実感させられた。
 「古書即売会」のほうは雨ということもあり、割と空いていてじっくりと見る事ができたためか、別に今ここで買わなくてもいいではないかと思いつつも、結局数冊の本を買ってしまった…。
 帰りは小雨の中、典型的なアール・デコ建築の元・立誠小学校【1928(昭和3)年】などを見ながら、ブラブラと四条通まで歩いた。
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仏もまた塵、神は細部に宿る…?
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# by suzu02tadao | 2012-05-03 11:30 | Comments(0)

殺風景な詩情

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 空き缶やペットボトルが捨てられているようなガード下や空き地の片隅。
 あるいは、「工場萌え!」のように圧倒的な迫力の大型コンビナートならいざしらず、コストパフォーマンス優先のどこにでもあるような工場や倉庫…。
 そういった殺風景な場所にも詩情を感じるのは、やはりそこには人の意思がはたらいているからだろう。特に注意を払われずに無視され、忘れ去られたのも、意思の結果といえる。

 そして時として、そのような人の意思とは別のところで、町角のオブジェが創られている…。

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# by suzu02tadao | 2012-05-01 11:00 | Comments(0)