1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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エキゾチック・レトロ 【三休橋筋】

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 大きなカニが動く看板や派手なネオンなど…ギラギラとして煩雑なものが軒を連ねる道頓堀は、ステレオタイプな大阪のイメージとして定着していますが、一方で、そんな側面だけでは語り尽くせない〝大人〟の大阪があるのも事実です。

 紡績や薬など多くの問屋や、金融業が繁栄した大大阪時代を偲ばせる近代西洋建築や旧家が残り、華やかだった時代を今に伝えている船場。
 そんな船場の中央を南北に走る「三休橋筋」を歩けば、エレガントで異国情緒漂う、レトロな街角が楽しめます…

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 ところで、「三休橋筋」の由来は、江戸時代初期に長堀川に架けられた三休橋からですが、その名称の由来は、長堀川に架かる橋の中で往来の多い心斎橋・中橋・長堀橋の三橋を休めるための橋と言われています。
 他にも、三休橋は千日前にあった刑場への護送ルートにあたり、罪人が途中三度休ませてもらったからという説もあるようです。

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 周辺の街角レトロも少々…

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# by suzu02tadao | 2017-09-07 07:00 | Comments(0)

ローレル化粧品 と 喫茶・銀座ヌプリ…!?

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 前回取り上げた1939(昭和14)年12月1日発行の映画雑誌「スタア」には、なかなか魅力的な広告が載っていました。

「ローレル 口紅・ほゝ紅」は太田栄治郎商店の広告です。
 私が所有するローレル粉白粉のパッケージ共々、斬新なデザインで、とても戦前とは思えません…

 ドイツ軍がポーランドに侵攻して「第二次世界大戦」が勃発したのがこの年で、日本でも翌年には「ぜいたくは敵だ」のスローガンが掲げられることになるのですが…

 さて、「一杯のコーヒーから」という曲がヒットしたのもこの年でした。
 この頃になると、女給のサービスが主体の「カフェー」とは別に、コーヒーを主体とした「純喫茶」「喫茶店」が増えてきており、1935(昭和10)年には東京市だけで10,000店舗もあったそうです。

 そんな中でも異彩を放つ「喫茶・銀座ヌプリ」の広告!
 平野甲賀デザイン?かと思ったけれど、そんなことはありえない…
 だが、しかし軍靴の音が響いていた時代に、このような尖端(トップ)なセンスはスゴイ!ではありませんか…!
〈ヌプリ〉とはアイヌ語で「山」のこと。
 尾張町・天金横は「服部時計店(現・和光)」の辺り!?

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# by suzu02tadao | 2017-09-05 07:00 | Comments(0)

野口久光と映画雑誌「スタア」

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 野口久光(1909-1994)といえば、その独特な手描きの手法で、戦前から戦後にかけて、1000点を超える映画ポスターを手がけたことで有名で、特に『大人は判ってくれない』のトリュフォー監督とのエピソードは、すでに伝説になっています。

 上図は、1939(昭和14)年12月1日発行の映画雑誌「スタア」の裏表紙、東和商事配給映画「背信 Abus de confiance」の広告です。

 野口久光が東和商事に入社したのは1933(昭和8)年ですが、その当時はフランス映画の黄金時代で、広告宣伝においても、脚本、作品重視のフランス映画は、その作品にあったデザイン、レイアウトが求められ、特に東和商事は全てをデザイナーに任せるという社風だったため、野口久光も自分の思い通りに制作できたようです。

 子細に見てゆくと、主要キャストの俳優たちの特徴を、軽妙なタッチで描き分けながら、それぞれの俳優名をさりげなくフランス語で描き入れるなど、楽しみながら制作していたと思われ、野口久光の映画大好きぶりがうかがえます。

 余談になりますが、この映画の主演女優、ダニエル・ダリュー(Danielle Darrieux )は今もご健在(100歳)とのこと…!

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 さて、裏表紙の広告が野口久光作ではないかと思って手に入れた映画雑誌「スタア」ですが、表紙に描かれた桑野通子は、スラリとした抜群のプロポーションとモダンな美しさで、当時、大人気だった女優さんです。

 この表紙の絵もなかなか良くて、<Itoh(イトウ)>というサインが入っていますが、誰だろう…?

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# by suzu02tadao | 2017-09-03 07:00 | Comments(0)

A Day in the Life <カラフル・ポップな天神さん>

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 大阪を代表する天神祭が終わってから1ヶ月になりますが、大阪天満宮に来てみたら…
 カラフル・ポップな境内が、幻想的な異次元空間になっていて!
 現代美術アーティストのインスタレーション作品かと思いました!?

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 これは毎年行われる、いわゆる盆踊りの「天神踊」の飾りつけで、近くには繁盛亭があるので、若手の落語家が司会をするのだそうです。

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 季節ごとに、その表情を著しく変える大阪天満宮の境内。

 この日は境内にいる間中、ずっと頭の中はビートルズの「A Day in the Life」が流れていました…

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# by suzu02tadao | 2017-09-01 07:00 | Comments(2)

道頓堀今昔 『大阪弁』-2-

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 大阪の食い倒れというが、ちか頃道頓堀では「食い倒れ」という飲食店ができた。近年華々しい洋行から帰ったこの家の経営者でも考えたのであろう。昔の櫓太鼓に代って、入口の西洋人形が、ジャングル劇のような一本調子の小太鼓を叩いている。

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【参考】
 今では、大阪を代表する有名人?として、歴史上の人物と肩を並べるほどになっています…!
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 かつてモダン都市として大きく変貌しながら躍進してゆく大阪の街を、好意的な眼差しで綴った『近代大阪』(昭和7年刊)の著者である北尾鐐之助ですが、『大阪弁』では、戦災の後、再建しつつある道頓堀が戦前とはあまりにも様変わりしてしまったため、その姿を嘆きながら、上記に続いて次のように書いています…

 道頓堀は消滅した。戦後五年、すべてがおもうようにならぬ世の中ではあるが、せめて一人位「大阪道頓堀の保存再建」を叫ぶ人がありそうなものである。日本橋の北詰にある「安井道頓、道卜紀功碑」が、雨にぬれてすゝり泣くようである。
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 五座の櫓に代わって、派手なネオンや看板がずらりと並ぶ今の道頓堀は、昔とはまったく別の街になったといえるでしょう…
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 さて、もうひとつ面白いと思ったのが、すでに『暮しの手帖』を発刊していた花森安治が書いた「大阪紳士風景」(「新大阪」新聞:昭和26年6月8日)が載っていたことです。
(以下、抜粋)

 衣裳というものは、人間のレッテルみたいなものだ。
 馬子にも衣裳などとは、すこし古いが、れっきとした紳士でも、ひとたびアロハを着ると、トタンに見ただけではどうしてもヨタモン、ゴロツキ、バラケツ、不良ということになる。~(略)~
 だから、いまも昔も、中味が三級酒的人物ほど特級酒的レッテル的衣裳を身にまといたがるのは、洋の東西を問わぬところ、~(略)~
 そこへゆくと、大阪人というのは、三級酒はチャンと三級酒のレッテルをはっているのがえらい。カンカン帽にステテコで、平気で心斎橋あたりを歩いている。
 東京で男が日傘をさして歩いていると、みんなビックリしてふりかえるが、大阪紳士は、例の裏青表白の日傘を、サッソウとしてかざしている。~(略)~
 ところが、時移り世は変り、ちかごろはオッサンもオバハンも、オジンもオバンも、大阪中で猫も杓子もビニプロというのを愛用しはじめたらしい。ビニプロ、正しくいえば、ビニイルの風呂敷。
 雨が降っても、持ち物がぬれないでいい、いざといえば頭にかぶれます。~(略)~
 しかし、待ちなさい。ステテコも日傘も、理屈にかなっていて正直だから賛成するのだが、ビニプロは、雨の日以外は、理屈にかなわぬ。天気の日にコーモリ傘さして歩いたら、いくら日傘におどろかぬ大阪でも、アホかいな、でしょう。ビニプロも同じこと。これでは三級酒がショウチュウのレッテル貼ってるみたい。戦後は、さしもの大阪紳士もヤキがまわりましたな。


 表紙の絵は、信濃橋洋画研究所で小出楢重に学び、戦前は二科会、戦後は二紀会で活躍した田村孝之介(1903-1986)です。
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 田村孝之介はこの情景がとても気に入っていたようで、同じような絵を、藤沢桓夫と共著の『大阪 我がふるさとの… 』(昭和34年刊)にも載せています。
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# by suzu02tadao | 2017-08-29 07:00 | Comments(0)