1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
by 大阪モダン
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モダン考古学?古本市は発掘現場!?

◇大阪市電切符【1943(昭和18)年2月27日・28日】
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 私がもともと古本市に行くようになったのは、古書というよりは、ポスター、あるいは引き札などのチラシやパンフレット等のいわゆる「紙もの」と呼ばれるものに興味をもったからであるが、そんな中で思わぬものが、その時代の情勢を如実に示す証拠となっていることがあるので、それもまた楽しみのひとつになっている。
 奈良時代くらいの遺跡から、年号を記した木簡等が発掘されると大きなニュースになったりもするが、近代ともなるとそういう訳にもいかない。が、やはり、そのものができた年月日が正確に分かるということは、その時代の詳細を知る上では大切である。
 古本市には、鉄道関係のマニア向けに、よく電車の切符が出ていることがあり、数年前に裏の広告の図柄が面白いので、昔の大阪市電の切符を購入したのだが、これには使用された時点での日付が入っており、それと合わせて眺めてみると、その時代の様子が浮かび上がってくる事に気が付いた。

◇大阪市電切符【1925(大正14)年6月27日】裏/表
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上図のものは、かつて大阪市港区にあった「市岡パラダイス」がオープンした時の広告である。
  東洋一 大楽園 市岡パラダイス 七月一日開園
  園内実に1万2千坪
  動物演技、歌劇、活動写真、世界的曲芸、伊太利(イタリア)演芸団
  アイススケート、水泳プール、大瀑布、飛行塔始め最新式運動機多数
  築港線夕凪橋下車


市岡パラダイスは1930(昭和5)年1月には閉鎖されたが、大劇場(パラダイス劇場)は戦後、港区一帯の地盤沈下対策としての盛土工事で撤去されるまでは残っていたそうだ。

◇大阪市電切符【1928(昭和3)年6月23日】裏/表
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「日乃丸食堂」は大正から昭和初期にかけて、大阪を代表するカフェーであったらしい。
  新時代の嗜好に依って生まれた 趣味のカフェー!!
  日乃丸独創 グランドジャズバンド毎夜連奏

とあるが、どんなところだったのか是非行ってみたくなる。

◇大阪市電切符【1941(昭和16)年1月15日】裏/表
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昭和16年というと、太平洋戦争の開戦の年であるが、まだこの時点では、松竹座でもアメリカのワーナーブラザーズ製作の映画が上映されていたことが分かる。

◇松竹座週報【1941(昭和16)年12月28日発行】
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これは切符ではなく、かつての「松竹座ニュース」(※敵国語!)改め「松竹座週報」だが、12月8日に真珠湾を攻撃して宣戦布告した後になると、このようになる。
「一億捨身だ、米英屠(ほう)れ!!」 まさに鬼畜米英!!…。
当然、上映されるのはドイツ製の映画である。
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◇大阪市電切符【1943(昭和18)年2月27日・28日】※冒頭の切符の広告面
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昭和18年の春には、まだ「春のおどり」が上演されていた。
事実、本土空襲に備えて学童疎開が始まったのは翌年の昭和19年からであり、この頃にはまだ観劇を楽しむ余裕があったようだ。

 尚、これらの切符は1枚、100円であった。切符を購入した際には、広告の図柄の面白さで選んだのだが、時代性という観点で選べばもっと別のものも買えたのではないかと思う。ちなみに、大正14年と昭和3年の切符のサイズは13cm×5.5cm、昭和16年と昭和18年の切符は9.5cm×4.5cmと大きさも違っている。
by suzu02tadao | 2012-03-12 08:20
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