1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
by 大阪モダン
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28


「軍艦アパート」があった辺り

◇アパート風景(『近代大阪』より)
c0239137_10584589.jpg
 < アパートの近代建築は、あらゆる都会の廃棄物をこゝにあつめてゐる。紙屑屋、荷馬車挽、日雇稼ぎ、旅芸人、小売行商、そして、それ等の生活を保障するための、日用品、雑貨の店など、それ等の生活が鉄筋コンクリートの置棚のやうな家にしまひ込まれてゐる。
 家の裏手に廻ると、いくつもの大きな荷馬車が置かれ、その車の上を伝つて、無数の子供が飛び廻つてゐる。>


 前回、池田谷久吉が記した、日本橋四丁目から愛染堂までの途中の、下町の匂いがむんむんと漂うこの界隈の情景を紹介しましたが、ちょうどその辺りに、1930(昭和5)年には、当時では珍しい鉄筋で、各戸には水洗トイレやダストシュートが備わった、最先端を行くモダンな集合住宅が完成しました。
 かつて「軍艦アパート」と呼ばれたこの建物については、上記のとおり、北尾鐐之助も『近代大阪』の中でとりあげています。

 現在、跡地はスーパーになっていますが、下の写真の交差点のはるか向こうにある高台の木々の奥に愛染堂があります。
c0239137_1102516.jpg

 「軍艦アパート」は無くなりましたが、この周辺には、今でも戦前から続く昭和レトロな下町の情景が残っています・・・
c0239137_111350.jpg
c0239137_1111814.jpg
c0239137_1131547.jpg
c0239137_114283.jpg
c0239137_1135888.jpg
c0239137_1145044.jpg
c0239137_1151150.jpg
c0239137_116554.jpg

by suzu02tadao | 2014-05-29 11:10
<< 木の都 「夕陽丘」 「愛染堂」 趣味の古建築 >>