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1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
by 大阪モダン
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タエコの朝食

◇池田満寿夫「タエコの朝食」1963年
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 昨年末に紹介した同人誌の詩集「響」第3号(1962年12月15日発行)には、富岡多恵子の「ちいさな恋の唄」と題した中の一編物語してが載っていました。


物語してあけた朝

あなたはマッチをつける

あなたはタバコをすう

あなたはふたつのコップに

すこしづつの砂糖をいれた

それからあなたはマッチをすり

あたしはタバコをすい

ふたりは安い朝食をはさんで

それからあなたはあたしに

はじめておまえと呼んだ

それからあたしは

はじめて泣いた


 美術評論家の田中穣は、1960年に読売新聞社の美術記者として、東京国際版画ビエンナーレ展で受賞した池田満寿夫を取材した時のことを次のように書いています。

 < 四合ビンの酒と、サントリーの角ビンが、小さなちゃぶ台の上におかれていたうちの酒を所望した私は、冷や酒を湯のみ茶わんで馳走された記憶もある。ピーナッツと、せんべいと、さきいかといった、ごく庶民的な酒のさかなの振舞いに、私は撮影をすました写真部員が帰ったあとも腰をすえて、夜の更けるのも忘れてしゃべりこんだ。
 素朴で、断片的なイケダのおしゃべりを、そばから夫人が補足解説し、私は肝心のイケダより気楽に話せる夫人に、むしろ意気投合した気分になったものであった。
 この人が昭和三十三年春に現代詩人会のH氏賞を受賞していた、詩人の富岡多恵子氏であった。>


 1960年に富岡多恵子と暮らし始めてから池田満寿夫の作品には、二人の日常生活を主題にした、田中穣曰く“タエコもの”が中心となっています。
 この当時の池田の作品を最盛期と評価する評論家も多いのですが、交遊関係も広がり、飯島耕一、西脇順三郎、鍵谷幸信、吉岡実などの詩人との交際が増えています。

 その後、1966年にヴェネツィア・ビエンナーレ展版画部門で「タエコの朝食」などの作品で国際大賞を受賞します。
 そして…その頃より、版画の技法もドライポイントからリトグラフに変わって行き、二人は別れます。

 池田のバイオグラフィーを見ると、後の芥川賞を含め、受賞の節目ごとにパートナーを替えていた感があります。

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by suzu02tadao | 2015-01-08 12:45
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