1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
by 大阪モダン
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昭和七年、「阪急ビル」を語る

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A 僕は阪急ビルのプランは余程特色があって面白いと思うている、敷地を少しも無駄なくいっぱいに使って、全体の建物が不規則な形にならずにやっているのは非常に大胆なやり方だと感心する、近来欧米都市に出来るものは皆この式なんだ、尖った所も寸地を余さずやるのは余程大胆なやり方で、大阪のような地価の高い所でやるビルには最もよい方法だろうと思う~

 前回に続いて、雑誌『建築と社会』(昭和7年2月号)の中の座談会「朝日ビルと阪急ビルとを語る」からの抜粋です。
 どうしても、センセーショナルな「朝日ビル」に話題が傾きがちですが・・・

D 朝日ビルの方ばかりでなしに、阪急ビルの方を見ようではないか、阪急ビルはああいうストリート・ビルディングとしては大体成功したと思う、極くスタイリッシュでもなければ、又猟奇的でもない、デコレーションは余程注意しているし、材料の選び方も大体においてよい、あれはモデレート・ストリート・ビルディングとは言えぬかも知らぬが、立派なものだと思うのです
A ただ僕は少し飾りが多過ぎると思う
C そうだ、それは同感だ
A 屋上や外壁面の照明方法などももっと簡潔にやる法があったろうと思う、ちょっと煩わしい感じがする、もう少しあっさりやったらよかろうと思う、大道路の正面にある偉大なビルディングだから、その量の大きさだけでも目に付き易いのだからもっと簡単に扱ったらよかったろうと思う

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 「阪急ビル」の装飾のメインは、伊東忠太が設計した壁画のあるアーチ天井のコンコースでしたが、これには武田吾一も片岡安もあまり感心していなかったようです…

A 阪急ビルの一階内部のデコレーションは色のコントラストが少しきつくありませぬか
B ディテールをもっともっと練ってあったらよかろうと思うのですね
D いったい、建築にはディテールの研究ということが必要ですね、その点で阪急ビルは少し意に満たない所があると思いますね
A あれは全体の意匠は或る大家がやって、ディテールは竹中組に居る人がやられたと聞きました、それがため少し無理があるのではないですか、色彩でももう少し派手でおとなしい柔らかい調子にしてもらいたいような気がするのです、調子を落としてね

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阪急梅田駅旧コンコース側入口(2005年)wikipediaより
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 その他、建築家のあり方として下記のように語っているのには興味をそそられます。
 なお、片岡安は後半になるとほとんど発言していませんが、それは当時すでに建築の設計に直接関わっていなかったせいではないかと思われます…?

A 建築家というものは注文があって初めて仕事が成立つのだ、自分の金で自分が建てるのなら、どんなことでも出来るけれども、他の金でやるので、自分のイデオロギーに盲従する人ばかりであれば結構だけれども、事実はそんな人ばかりではない、また建築家が一番偉いもので、他が何でもその言うことを聴いてくれるのならよいけれども、そういう訳でもない
 ~(略)~
D 我々のように一つ処のものばかりやっていると、イデオロギーも何もありませぬよ、あっても駄目ですから
B この頃の建築というものはそんなものでないでしょうか、ことにアメリカの建築を見ると、一層その感じが深い
A アメリカでもヨーロッパでも同じことだろう
B ドイツの新進の或る建築家に会った時にその点について、あなた方は幸福でしょうと聞くと、やはりこちらでも施主の色々な注文があってなかなか思う通りにならぬと言っておりました
A ことにアメリカや日本はそういう気風が多い
B そういう点で自分のイデオロギーを押通しているのはフランスのコルビュジエですが、それだけに注文が少ない
E それでも注文は取れぬことはないと思いますがね
A ドイツでいえばエーリヒ・メンデルゾーンでもそうだ、自分のイデオロギーをもっていって、それに合わない注文はやらないということになっているが、全然そうではないらしい
D E君などもそうでしょう
A それじゃ一般的の建築家ではないと思う、一を堕落したと言い、一を堕落しないと世間で言うかも知れぬが、それはどうでもよいか知れぬが考えようによっては我がままを言って自分のイデオロギーのみを言っている方が堕落したものとも言えないことはない、しかし我がままを押通して行ける人は仕合せである、しかしこれを悪く言えば、世間見ずだと言われても仕方がない
B 融通が利かぬという訳ですか、可なり難しいものですね
A つまりどちらでもよいのです、善くも悪くも言えましょうがね
D そういえば阪急ビルにはにはたくさんネオンサインがありますね
A 阪急ビルを見ると、これはどこまでも小林一三氏のイデオロギーが出ているし、朝日ビルにはやはり朝日の村山さんの若主人長挙さんの考えが能く出ている、隣の朝日会館でもそうだ
B つまり建築家の手腕というよりは経営者の考えが建物に現れているのです


A
:武田吾一
(1872-1938)
  工学博士、京都帝国大学教授、日本建築協会副会長
B:村野藤吾(1891-1984)
  早稲田大学建築学科大正七年卒業、大阪ビル、十合百貨店の設計者村野建築事務所を経営さる
C:片岡安 (1876-1946)
  工学博士、日本建築協会々長、大阪工業会理事長
D:竹腰健造(1888-1981)
  工学士、住友合資会社工作部工務課長
E:藤井厚二(1888-1938)
  工学博士、京都帝国大学教授

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 フランス人建築家 ドミニク・ペロー設計の富国生命ビルに映る現在の「阪急ビル」。
 富国生命ビルから眺めた「阪急ビル」はなかなか未来的です…
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by suzu02tadao | 2017-10-03 07:00
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