1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
by 大阪モダン
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アールデコの華『女性』

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 前回取上げた伏見ビルを見学しているうちに、雑誌『女性』のことを思い出しました。
 山六郎がデザインしたタイトルロゴの書体は一世を風靡し、まもなく無声映画の看板やのぼり旗に多用されて人気書体になるなど、『女性』は「阪神間モダニズム」の勃興に寄与するとともに、大大阪時代を彩った雑誌でした。

 この『女性』は、1926(大正15)年の新年号ですが、山六郎の手がけたアールデコ調の表紙画が、傷みの激しさゆえに、なんとなく古代遺跡の壁画のような風合いもあって、これはこれで味わい深く感じられます…

 巻頭を飾る口絵はファン・ゴッホ「花」。
 ゴッホは当時から日本人には人気があったようですね…
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 他にも口絵にはピカソ「エチュード」があって、この雑誌のハイカラさを表しているかのようです…
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 そして、大正モダンを代表する竹久夢二の挿絵(劇場スケッチ)。
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 水上瀧太郎「大阪の宿」の他、山六郎のカットがふんだんに使われています。
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 山名文夫も、この頃には既に山六郎とは違った作風を確立していたことがわかります。
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 1922(大正11)年、大阪の化粧品会社の中山太陽堂は出版社「プラトン社」を設立。同年の5月に、女性を読者層にねらった斬新な文芸誌『女性』を創刊しました。
 小山内薫を編集長に、おもな執筆者には、泉鏡花、谷崎潤一郎、武者小路実篤、大佛次郎、与謝野晶子らがおり、関東大震災で東京の出版界が被災したこともあって、大いに発行部数を伸ばしました。

 しかしながら、大日本雄弁会講談社が雑誌『キング』を創刊するなど、東京の出版社が復活を遂げると、プラトン社の経営は悪化。『女性』は翌年に創刊された『苦楽』とともに、プラトン社が廃業する1928(昭和3)年5月をもって終刊となったのでした。
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 裏表紙は「クラブ化粧品」の広告。
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by suzu02tadao | 2017-11-16 09:00
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