1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
by 大阪モダン
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今井兼次 <ガウディとコルビュジエ>

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 建築家の今井兼次(1895-1987)の作品が大阪にあったとは…!
 ついこの間まで知りませんでした。

 今年のイケフェスは天気が悪く、ほとんど外観写真が撮れなかったこともあって、先日の天気のよい日に改めて船場辺りをブラブラしながら堺筋本町に来た時に、9月19日にオープンしたという大阪商工信用金庫の新社屋のレリーフに気づいたのでした。

 このレリーフは、建て替える前の本町ビルディングの屋上にあったものを新社屋の公開庭園に移築したものだということです。
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 ガウディから大きな影響を受けた今井兼次は、陶片によるモザイクタイルの作品も手がけていて、「フェニックス・モザイク」と名付けていますが、このフェニックス・モザイクレリーフ「糸車の幻想」は繊維産業を象徴する糸車をテーマにしています。
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 糸巻きボビン?をモチーフにしたような…
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 「糸車の幻想」は1961年の作品ですが、同年には東京の東陽学園大学のフェニックス・モザイクレリーフを手がけており、翌年には集大成とも言うべき作品、日本二十六聖人記念館があります。
 職人の手の技を大切にした今井兼次は、レリーフ作品をつくる際に、職人に混じって自らタイルを張ったという、エピソードもあるようです。
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 日本にガウディを紹介した草分けとして知られていますが、1926年から1927年にかけてヨーロッパ諸国を回り、帰国した当時の日本では、コルビュジエやバウハウスなどのモダニズムが注目されていました。
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 昭和5年8月10日発行の『海外美術家印象記』の中で、今井兼次は「僕はル・コルビュジエ氏に逢った -フランス近代作家と其の作品-を載せています。
(以下、抜粋)

建築を主体とする新芸術運動の泉源地となりつつあったデッサウのバウハウス Bauhaus を訪ねた時に、その主導者であったウァルター・グロピウスからル・コルビュジエに逢い得るよう懇切な厚意をうけて、パリに向ってベルリンを立ったのが一九二六年の十二月の初めであった。

セイヌを越えて直ぐエッフェル塔の見ゆるホテル・イエナから河向こうのソロボンヌ大学に近く、かつて西條八十さんが宿をとっていたと云うホテルに移った。留学中の森口多里さんはちょいちょい私の宿に尋ねては一緒に支那飯の安くって上味いのをたべに出かけることを教えてくれた。

ペインの首都マドリッドの地下鉄道、南スペイン中世の建築及びバルセロナ市内に建つアントニオ・ガウディ Antonio Gaudi の作品見学を目的したスペイン旅行を終ってパリに再度戻ったのは其の年の暮れであった。
 一九二六年十二月三十日は私がル・コルビュジエに逢った最初の日であった。私にとっての悦ぶべき記念の日であった。


 この後は、コルビュジエについての記述が続きます。

 コルビュジエに逢った記念の日の前に、さりげなくガウディを登場させているのが印象的ですが、今井兼次はヨーロッパの新しい建築の動向として、ガウディについてもコルビュジエやグロピウスと同列にとらえていたようです。

 ところが、その当時の日本の近代建築界には受け入れられず、長い間、ガウディを日本に紹介するのをやめていたということです。

 今日では、世界遺産であるサグラダ・ファミリアを始めとするガウディの作品があるバルセロナは世界有数の観光地になっており、また、コルビュジエの作品も世界遺産になっていますが、その意味でも、今井兼次の先見性は注目に値すると思います。

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by suzu02tadao | 2017-11-21 07:00
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