1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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週刊朝日・新年特別號<1929年>

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 しばらく古書は買わないつもりでいたのですが、先日の古書市で、この1929(昭和4)年の創刊満七周年『週刊朝日・新年特別號』に出会ってしまいました…

 表紙は先日取り上げた松竹座の大阪朝日新聞五十周年記念レヴュー「開国文化」と同じような南蛮船をモチーフにしたもので、同じ朝日新聞なので何か関連があるのかと思ったりもして…

 芹沢銈介のような染色作家の手がけたもののように見えますが、なんと!日本画家の木谷千種(きたに ちぐさ、1895-1947)の作品でした!
 木谷千種は、島成園と共に大阪を代表する女性画家として活躍しました。

 扉絵は、「中之島風景」をはじめとする大阪市街地の風景画で有名な国枝金三(1886-1943)。
 国枝金三は他にも挿絵を手がけています。
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 そして、谷崎潤一郎の作品などの挿絵で最も定評のあった小出楢重(1887-1931)。
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 更には、渡仏してアンドレ・ロートに師事した黒田重太郎(1887-1970)。
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 国枝金三、小出楢重、黒田重太郎の3名は、大阪に「信濃橋洋画研究所」を設立した中心メンバーで、表紙の木谷千種を含め、この当時の朝日新聞は大阪が中心だったことを物語るような顔ぶれですね…

 ところで、小出楢重の挿絵の石濱金作、黒田重太郎の長谷川浩三、あるいは当時は流行作家だった三上於菟吉(みかみ おときち)など、今日では忘れられた作家の作品も多く載っていて、長崎洋一郎の小説『上海異聞 人獣製造』は典型的ないわゆる<エロ・グロ・ナンセンス>の小説なのですが、長崎洋一郎についてはネットで調べても全くわからない作家でした…

 ただし、挿絵を描いた不二木阿古(ふじき あこ、1896‐1943)は、やはり大阪で活躍した日本画家で、晩年は奈良に住み、志賀直哉(ここに小説を載せています)とも親交があり、現在、奈良ホテルに作品があるようです。

 以下、挿絵とキャプションの抜粋です…
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 さっぱりした日本紳士に早変りした大井宗平が、騒々しいジャズ、乱舞する男女の群、官能的な女の嬌声、強烈な電燈の色彩――そうした歓楽の渦の中で、過ぎ去った日を追うように、ポツリポツリと話しだす世にも不思議な物語。

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 陰惨と怪奇の地下室――肥大漢の鞭が風を切ってヒュウッと鳴った。鳴った鞭の下からごそり/\と這い出た女。顔は白蛇のような――陰々とした燐光を放ち、髪は、胸は、手は、足は。
「人魚って事にして売り出したら、ちょっと金目ものだと思うんだがね……」と肥大漢はいう。


 この他、三上於菟吉の小説『おお青春』の須藤しげる(1898-1946)の挿絵も相当におどろおどろしいものです…
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 須藤しげるの他、岡本一平前川千帆宍戸佐行清水岳坊細木原青起河野通勢伊藤晴雨などの漫画や挿絵を専門とする画家の作品も多いのですが、この当時は帝展や二科展で活躍する多くの画家も挿絵を描いていたことがわかります。

 鏑木清方門下の山川秀峰(1898-1944)の作品もありました。
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by suzu02tadao | 2018-01-29 07:00 | Comments(2)

惜別の風景

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 大正にあるレトロ建築と言えば、昭和モダンな銭湯が少し前までは数件残っていたのですが、ここ数年でほとんどが姿を消してしまいました…

 この洋館は、知る人ぞ知るといったレトロ建築で、以前から取り上げようと思っていたのですが、ついこの間から解体工事に入っており、1ヶ月後には姿を消すようです。

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 なんといっても、門柱の装飾がカッコイイのが特徴でしたが…

 現時点で、この装飾は門柱及びレンガ塀ごと既に解体されて姿を消しています。
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 明治時代に建てられたということで、もともとは医院でしたが、10年位前からは空家になっており、窓枠などは建てられた当時のままのようです。

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 所々に残る長い歳月を示す痕跡は味わい深く、風格が感じられます…

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 風格が漂う風景が見られなくなってしまったのはさびしい限りです…

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by suzu02tadao | 2018-01-26 07:00 | 大正Kai-Wai | Comments(0)

アイリーン・グレイ<Design Works>

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 アイルランド生まれのアイリーン・グレイ(1878-1976)は、ロンドンやパリで美術を学び、家具のデザイナーとして活動を始めました。
 パリでは日本人の漆職人、菅原精造と出会い、漆工芸の技法を用いた作品を生み出すと、ベル・エポック期を代表するファッションデザイナーであり、美術のコレクターでもあったジャック・ドゥーセに見いだされました。

 漆のスクリーン(1913年作)はその当時の代表作ですが、典型的なアールデコ・デザインですね…
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 裏面が抽象的なデザインになっているところは、後年の作品を彷彿とさせます…
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 1913年のアイリーン。
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 ジャック・ドゥーセの美術コレクションの一部。
 ピカソ、ブラック、モディリアーニ、ザッキン、ブランクーシなど当時の前衛作家の作品が並んでいますが、今はオルセー美術館所蔵のアンリ・ルソー『蛇使いの女』の手前にある花瓶が載っている小さな丸テーブルがアイリーンの作品です。
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 その後、<ブリックスクリーン>などの幾何学的な表現へと、漆を用いた家具も作風が変化してゆき、デ・スティルの建築家J.J.P.アウトに賞賛されて広く紹介されるなど、同時代を代表するモダニズムの建築家たちと接点をもつようになっていきました。
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 そして、建築家として1927年から1929年にかけて、自身の別荘<E.1027>を設計。
 この家の家具としてデザインされたメタリカルな家具群は彼女の代表作になったのでした。
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 これらの家具はニューヨーク近代美術館の永久コレクションのサイドテーブル<E.1027>など、レプリカ製作され製品化され現在も人気を博しています。
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 アイリーンは他にもメタリカルな家具をデザインしていますが、パンチングメタルを使用したこの書類入れのデザインにしても、他のモダニズムのデザイナーならば、穴の大きさを均一にするところを、それぞれの引出しごとにランダムにすることでポップに仕上げていて、こういうところにもクリエイティビティを感じます。
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 これは彼女が設計したもう一つの自邸<タンプ・ア・ペヤ>のテラス。
 居心地が良さそうですね…
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 晩年のアイリーン。
 マントルピースの上にあるのは、ザッキンの作品やアンティークの品々。
 そして背後には<ブリックスクリーン>が置かれています。
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by suzu02tadao | 2018-01-23 08:00 | Comments(0)

アイリーン・グレイ<E.1027>

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 思わず上っていきたくなるようなテラスに続く階段のある<E.1027>の写真に惹かれて、アイリーン・グレイの評伝の洋書を手に入れたのは、20年以上前、確か心斎橋にあったロゴス書店のバーゲンだったと思う。

 アイリーン・グレイの名前は知らなくもなかったが、この本を手に入れてから、<E.1027>は私の最も好きな建築作品のひとつとなり、アイリーン・グレイはマイブームになった。

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 バブルの頃、空間デザイナーがもてはやされ、青山や六本木にやたら洗練されたカッコイイ空間の店が増え、その空間の中で、人もインテリアの構成要素になるようにファッショナブルに振る舞うことが、流行ったことがあった。
 しかしながら、こういった空間は見た目はいいのだが、特に住宅の場合だと生活空間としては使いづらく、くつろげないため、居心地の悪い空間になりがちだった…

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 コルビュジエなどのモダニズム建築は、「レス・イズ・モア」の言葉通り、できる限り構成要素を少なくしたものが多いのだが、<E.1027>はアイリーン自身と当時のパートナーであったジャン・バドヴィッチの別荘として建てられたもので、暮らしやすさを第一に考えられているため、生活の用途に合わせて必要な要素が加えられており、造形的にはどこかゆるいところに適度な生活感があって親近感が湧いたのだった…

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 昨年、映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』が公開され、私は映画は観てないのだが、<E.1027>をめぐるコルビュジエとの確執を知って、長い間書棚にあったままのこの本を久しぶりに開いてみたのだった…

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「家は住むための機械ではない。人間にとっての殻であり、延長であり、 解放であり、精神的な発散である。外見上調和がとれているというだけではなく、全体としての構成、個々の作業がひとつにあわさって、もっとも深い意味でその建物を人間的にするのである」(アイリーン・グレイ)

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「あなたの家で過ごした二日の間に、その家の内外のすべての構造に指令を出している、類い稀な魂を称賛する機会をもつことができてとてもしあわせです。 モノトーンな家具とその設営ぶりにこれほどの風格と魅力、機知に富んだ形をあたえているのはその類い稀な魂なのです」(ル・コルビュジエ)

 当初は<E.1027>に惹かれ絶賛していたコルビュジエも、称賛の想いは徐々に嫉妬へと変化してゆき、自分の家のように勝手に入り浸り壁画を描き、また当時の建築雑誌の特集でも、作者としてアイリーンの名前の記載がなく、壁画の前のコルビュジエ夫妻の写真の掲載等により、長い間、<E.1027>はコルビュジエの作品として知られていたということです。

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 <E.1027>は、コルビュジエが提唱する近代建築の五原則をコルビュジエに先立って具現化した住宅で、憶測ですが、その後、コルビュジエ自身が手がけた「サヴォア邸」が、完成当初はひどい雨漏りのために住むことができなかったことも嫉妬の要因だったのではないかと思われます…

 アイリーンとの絶交の原因となったコルビュジエが描いた壁画。
 ピカソのエロチカのような作品ですね…
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 <E.1027>のすぐ裏に休暇小屋を建てたコルビュジエは、1965年に小屋から海水浴に出て心臓発作で亡くなるという、ちょっとドラマチックな人生の幕の閉じ方をしています。

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 次回はアイリーンの他のデザインについて取り上げます…

 現在の<E.1027>
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by suzu02tadao | 2018-01-20 07:00 | Comments(0)

中之島冬景

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 初春ということで、少し暖かくなりましたが…
 まだまだ寒い日が続くようです。

 中之島の冬景です。

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by suzu02tadao | 2018-01-17 19:05 | Comments(0)

亀鳴く・・・春

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 この古伊万里の皿は、「骨董病」になりたての頃にモダンな図柄に惹かれて手に入れたものです。
 当初は普通に亀の甲羅を象った「亀甲文様」の皿だと思っていました…

 ところが、通常はこの皿のような幾何学文様の図柄は、だいたい大きさなどが揃っているのが普通なのですが、この皿はそれぞれがバラバラの大きさに描かれているので、変だな?と思いながら眺めていました…

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 そして、ある時、この皿は「亀甲文様」の皿と言うよりは、皿そのものを亀に見立てた意匠だということに、ハタと気付いたのでした。
 そういえば、三田青磁には有名な亀の型物の皿がありましたね…

 亀は古来より「長寿吉兆」の象徴として縁起の良い動物とされていますが、その中でも、甲羅にたくさん生えた藻が尾のように伸びている「蓑亀」は特に珍重されていて、お正月などには縁起物としてよく見かけます…
 この皿はその「蓑亀」に見立てているようです。

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 実際に四天王寺の亀池に行って確認すると、生きている亀の甲羅の模様の大きさなどはそれぞれ違っていてバラバラでした…

 「蓑亀」に見立てたこの皿を見ていると、
 「亀鳴く」という言葉を思い出します…
 「春ののどかな昼、あるいは朧の夜に亀の鳴く声が聞こえるような気がする」という意味で、亀は実際には鳴きませんが、俳句の季語として親しまれています。

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 ところで、この皿の高台内側には「大明成化年製」という銘が書かれています。
 この銘は古伊万里ファンにはお馴染みのもので、最高峰とされていた中国明代成化年間に景徳鎮で製造された磁器にちなんでいます。
 今日の感覚からすれば…「なんだ、模造品ではないか」と言う人もいて、もちろん、そういう目的でつくられたものも中にはあるようですが、その当時の製作者からすれば、ひとつの目標でもあり、また高品質の証のようなもので、図柄の一つといった認識だったようです。

 元々古代中国で亀を「長寿吉兆」の象徴としたのが日本に伝わったことを想うと、こういった銘にも趣きを感じます…

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by suzu02tadao | 2018-01-15 07:00 | Comments(0)

泉尾商店街

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 大正にある泉尾(イズオ)商店街です。

 通りの真ん中が自転車置場になってるこの辺りには、かつて大正11年に開設された泉尾公設市場もあって、今はスーパーになっていますが、この辺りが商店街では最も賑わっている場所です。
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 泉尾商店街は以前に取上げた三泉市場に続いてありますが、こちらは20年前と変わらない賑わいをみせています。
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 泉尾商店街は、大阪環状線と地下鉄の大正駅から1キロ以上離れた場所にあって、決して交通の便がいいわけではないのですが、近くには区役所などの公共施設もあって、この界隈が大正区の中心になっているのです。
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 昭和レトロと「今」が不思議と溶けあっている商店街です…
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by suzu02tadao | 2018-01-13 07:00 | 大正Kai-Wai | Comments(2)

松竹座レヴュー「開国文化」

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 しつこいようですが、これも1929(昭和4)年の5月16日よりの公演、前回の松竹館の隣にあった浅草松竹座のパンフレットです。

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 緑の日輪の栄光の、わが五月への飛躍大飛躍!即ち、鮮烈なる初夏の感覚に展開さるるはわれらが年中行事たる松竹座レヴュー中の圧巻「開国文化」全七景の荘厳華麗なり。

 大阪朝日新聞五十周年記念レヴュー「開国文化」全七景(南蛮船渡来・長崎蘭館の桜・五十年後の世界・渡米使節の行列・米人の歓迎踊・日本の印象・昭和時代)とありますが、この中では「五十年後の世界」の内容が、同年に公開された映画『メトロポリス』を彷彿とさせます。

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 五十年後の世界の縮図をご覧にいれます。蒼穹を画する無数の巨大ビルディングが聳立しています。その魔天閤の渓谷を旅客飛行機が燕の如く軽快に飄颺として旋回している大都会です。極度に発達した近代科学の生産になるさまざまの素晴らしい機械の群、高層建築物の群、或は人造人間の群等々が、怪奇にして立体的なるメロディーにつれて乱舞する尖鋭にして明快なる未来の踊りです。


 参考までに、松竹座レヴューの企画会議の様子については、雑誌『上方』第四号(昭和6年4月1日発行)の中で、食満南北が次のように書いています。
 (以下抜粋)

 ウイスキーを飲んでいる千葉君(※千葉吉造
 レモンティーを取りよせる江川君(※江川幸一
 ハムライスをパクつく山田君(※山田伸吉
 スリーキャッスルを捲いている大森君(※大森正男
 (略)
 「いいでしょう」
 去年、その去年の「春のおどり」のすべてのものを参考として前へおいた大森君が賛同する。
 「江川さん、何か新しい案はありませんか?」
 「最近のフランスの雑誌からヒントを得た舞台面があるのですが、あれを一つつかって見たいですな」
 「これだっか」
 山田君は前の雑誌をひろげる、
 「おもろいな、この場面にこないだ試写で見た奴をつかいまひょいな」

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 そして…
 フランスの女性歌手が出演するなど、国際色豊かで華やかな当時の世相を物語るかのような「昭和時代」でフィナーレを迎えます。

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 階段、壁面、動くカーテン、線、色、響。それらが渾然と融和して、最も近代的なるリズムとテンポとを創造するのです。松竹座独特の新趣向です。踊子総員が数種の奇抜なカーテンから現れて、溌溂たる綺羅眩艶の大群叢舞踊をもって昭和時代を盛飾謳歌するのです。錦上更に花を添えるものに、フランスの名歌手ドフランヌ嬢があって、喉龍玉を転ずるが如き美声で「春の唄」を歌います。唄につれて五彩の紙雨翩々として吹き散るなかに乱舞跳躍、絢爛たる総踊の裡に、緞帳が下りてゆきます。

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 このレヴュー「開国文化」は、松竹座の東京進出の拠点として前年の昭和3年8月にオープンした浅草松竹座の公演ですが、もともとは第4回「春のおどり」の演目でした。

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by suzu02tadao | 2018-01-10 07:00 | Comments(0)

松竹ニュース・1929年

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 前回に続いて…
 1929(昭和4)年の新春1月10日発行、浅草松竹館の「松竹ニュース(3)」です。

 なかなかポップなデザインの表紙がステキなこの号では、松竹蒲田撮影所で活躍した牛原虚彦監督、鈴木傳明主演の青春映画『陸の王者』と小石栄一監督、林長次郎(後の長谷川一夫)主演の『人形武士』が紹介されていますが、裏表紙には片岡千恵蔵後援会の会員募集の広告が載っていました。

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 続いて…
 次号1月15日発行「松竹ニュース(4)」の表紙が、これまたポップで斬新な構成主義風の和洋折衷コラージュになっていて…
 いいんです!!
 「松竹ニュース」は後に「松竹館ニュース」になりますが、浅草松竹館にも抜群のセンスを持ったデザイナーがいたようです。

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 前号で後援会の会員募集をしていた片岡千恵蔵は、前年にマキノ・プロダクションを退社して新たに自身のプロダクションを創立していましたが、この号の冒頭に「御ひいきの皆様へ」を載せています。
(以下抜粋)

 松竹館と提携成って約七ヶ月、其の間七本の作品を出しまして只今ここに続万花地獄第二篇を公開します。申すまでもなくプロダクションをして一番の難関は何と云っても配給機関の確立でありまして、其の点に就ては可成り悪戦苦闘を閲して参りましたがお陰で松竹館と云う大背景を得まして、配給等に就いて何等の顧慮なく作に精進する事が出来ますのは非常な多幸と云わねばなりません、従って毎月一本強の作品を発表し得る事は、偏にファン諸兄姉及松竹館の御後援の賜と常に満腔の感銘に浸って居ります。

 この片岡千恵蔵主演『続万花地獄 第二篇』の他には阪東妻三郎主演『喧嘩安兵衛』が紹介されていて、また次週公開及び近日公開として次の映画が紹介されていました。

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 松竹座が洋画やレヴューの劇場であったのに対して、松竹館は日本映画の上映館でした。
 この当時の日本映画は次々と新しい動きがあった変革期で、また松竹館のあった浅草公園六区は関東大震災での崩壊から復興して最盛期を迎えていました。

 『主婦の友』昭和7年9月号付録絵葉書「浅草公園六区」では、次のように解説しています。

 この繁華の地も、明治初年までは水田になっていました。明治十九年に埋立てて公園の第六区とし、それまで観音堂の背後にあった見世物小屋を、全部ここに移しました。今日の六区は、俗に映画街といわれている通り、殆ど映画館全盛の状態で、土曜日曜祭日などは、身動きもできないほどの人出に賑います。

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 この絵葉書の向って右側に富士館が見えていますが、そこから帝国館と続き、その奥にあるのが松竹館と思われます。

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by suzu02tadao | 2018-01-07 07:00 | Comments(0)

SHOCHIKUZA NEWS・1929年

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 古書や骨董のようなものは、興味を惹かれるままに買うのが面白くて楽しいわけですが…

 引越荷物を整理していると、そんなふうに気の向くままに買い集めたものや、亡き義父から受け継いだものなどが、いつの間にやら尋常な数量ではなくなっていて、なかなか収まりきらず、どないしようかと思っている次第で…

 年末の全大阪古書ブックフェアでも、私好みの紙ものが数多くあって、以前だったら買っていただろうなと思われるものもいくつかあったのですが、結局、何も買わずに帰りました…

 まあ、中には昔安く買ったものが、いい値段がつけられて売られたりしていて、そういう意味でも帰宅してから、整理をしつつ見直してみると、なかなか興味を惹かれるものも多く、今年はそんなものを取上げていこうかと思っています…

 お正月ということで、「松竹座ニュース」1929(昭和4)年1月元旦~6日の新年号です。

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 その当時一世を風靡した人気女優、クララ・ボウ主演の『艦隊入港 The Fleet's In 』や、チャップリンやキートン同様に人気があった喜劇王、ハロルド・ロイドの『ロイドのスピーディー Speedy 』(※本塁打王ベーブルースが特別出演しています…)などが載っています。

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 1929(昭和4)年の主な出来事を見てゆくと…

 浪花小唄や『東京行進曲』などが大ヒットし、浅草では榎本健一らの「カジノ・フォーリー」が結成され、川端康成の新聞小説『浅草紅団』の連載が始まります。
 大学卒業者の就職難が深刻で、『大学は出たけれど』が流行語となり、また同名の小津安二郎監督の映画が大ヒットしました。
 上野松坂屋が新装開店し日本で初めて「エレベーターガール」が登場。大阪梅田には世界初のターミナルデパート、阪急百貨店が開店しています。
 ドイツの大型飛行船「ツェッペリン伯号」が世界一周の途中に霞ケ浦に着陸。また東京~大阪~福岡間の定期旅客飛行が始まり、本格的な航空時代を迎えます。
 他にも、宝塚歌劇『モン巴里』、小林多喜二『蟹工船』、寿屋が国産初のウイスキーサントリー」を発売、などなど・・・

 まさにモダン都市文化の象徴のような出来事ばかりですが、この年辺りが「エロ・グロ・ナンセンス」の混沌とした世相をよく表しているように思います。

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 そして、同じ年の「松竹座ニュース」4月3日~10日には、フリッツ・ラング監督のSF映画『メトロポリス Metropolis 』が紹介されていました。

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 今日では「SF映画の原点にして頂点」として、以降多数のSF作品に多大な影響を与え、SF映画黎明期の傑作とされている作品ですが、講談のような内容解説にも公開当時の世相が表れているような気がします…
(以下抜粋)

 メトロポリス!それは現在よりはるかに隔たること『一世紀』、百年後に於ける一大都市だ。此処に於ける科学文明は最高潮に達し、神も愛も芸術も倫理も総ては泥田の中に投ぜられて顧みられない。此のグロテスクな大都市メトロポリスの讃美者そして永遠の保持者はジョン・マスターマンと呼ばれた。
 ~(略)~

 いやが上にも機械力万能の世界を建設すべく偶々メリーの地下街に於ける名声を利用し大発明家ロトワングに依頼し魂無き人造人間メリーを創造した。……如何なる機械力をしても魂ある人間の創造は絶対に不可能であった。地下街の人達をして反感を煽るに便なる只の物質に過ぎなかった。
 ~(略)~

 地下街に息づく人々のために人造人間は遂に火の中に投ぜられた。火中に変わる鋼鉄の姿、群衆の驚異の中に『世界を我等の手へ!メトロポリスを我々の手へ!』と絶叫しつゝ彼等は人類を建設すべく人間、魂ある人間の労働が開始せられて行くのだった。


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by suzu02tadao | 2018-01-05 07:20 | Comments(0)