1920~30年代を中心に、あれこれと・・・
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松竹ニュース・1929年

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 前回に続いて…
 1929(昭和4)年の新春1月10日発行、浅草松竹館の「松竹ニュース(3)」です。

 なかなかポップなデザインの表紙がステキなこの号では、松竹蒲田撮影所で活躍した牛原虚彦監督、鈴木傳明主演の青春映画『陸の王者』と小石栄一監督、林長次郎(後の長谷川一夫)主演の『人形武士』が紹介されていますが、裏表紙には片岡千恵蔵後援会の会員募集の広告が載っていました。

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 続いて…
 次号1月15日発行「松竹ニュース(4)」の表紙が、これまたポップで斬新な構成主義風の和洋折衷コラージュになっていて…
 いいんです!!
 「松竹ニュース」は後に「松竹館ニュース」になりますが、浅草松竹館にも抜群のセンスを持ったデザイナーがいたようです。

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 前号で後援会の会員募集をしていた片岡千恵蔵は、前年にマキノ・プロダクションを退社して新たに自身のプロダクションを創立していましたが、この号の冒頭に「御ひいきの皆様へ」を載せています。
(以下抜粋)

 松竹館と提携成って約七ヶ月、其の間七本の作品を出しまして只今ここに続万花地獄第二篇を公開します。申すまでもなくプロダクションをして一番の難関は何と云っても配給機関の確立でありまして、其の点に就ては可成り悪戦苦闘を閲して参りましたがお陰で松竹館と云う大背景を得まして、配給等に就いて何等の顧慮なく作に精進する事が出来ますのは非常な多幸と云わねばなりません、従って毎月一本強の作品を発表し得る事は、偏にファン諸兄姉及松竹館の御後援の賜と常に満腔の感銘に浸って居ります。

 この片岡千恵蔵主演『続万花地獄 第二篇』の他には阪東妻三郎主演『喧嘩安兵衛』が紹介されていて、また次週公開及び近日公開として次の映画が紹介されていました。

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 松竹座が洋画やレヴューの劇場であったのに対して、松竹館は日本映画の上映館でした。
 この当時の日本映画は次々と新しい動きがあった変革期で、また松竹館のあった浅草公園六区は関東大震災での崩壊から復興して最盛期を迎えていました。

 『主婦の友』昭和7年9月号付録絵葉書「浅草公園六区」では、次のように解説しています。

 この繁華の地も、明治初年までは水田になっていました。明治十九年に埋立てて公園の第六区とし、それまで観音堂の背後にあった見世物小屋を、全部ここに移しました。今日の六区は、俗に映画街といわれている通り、殆ど映画館全盛の状態で、土曜日曜祭日などは、身動きもできないほどの人出に賑います。

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 この絵葉書の向って右側に富士館が見えていますが、そこから帝国館と続き、その奥にあるのが松竹館と思われます。

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# by suzu02tadao | 2018-01-07 07:00 | Comments(0)

SHOCHIKUZA NEWS・1929年

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 古書や骨董のようなものは、興味を惹かれるままに買うのが面白くて楽しいわけですが…

 引越荷物を整理していると、そんなふうに気の向くままに買い集めたものや、亡き義父から受け継いだものなどが、いつの間にやら尋常な数量ではなくなっていて、なかなか収まりきらず、どないしようかと思っている次第で…

 年末の全大阪古書ブックフェアでも、私好みの紙ものが数多くあって、以前だったら買っていただろうなと思われるものもいくつかあったのですが、結局、何も買わずに帰りました…

 まあ、中には昔安く買ったものが、いい値段がつけられて売られたりしていて、そういう意味でも帰宅してから、整理をしつつ見直してみると、なかなか興味を惹かれるものも多く、今年はそんなものを取上げていこうかと思っています…

 お正月ということで、「松竹座ニュース」1929(昭和4)年1月元旦~6日の新年号です。

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 その当時一世を風靡した人気女優、クララ・ボウ主演の『艦隊入港 The Fleet's In 』や、チャップリンやキートン同様に人気があった喜劇王、ハロルド・ロイドの『ロイドのスピーディー Speedy 』(※本塁打王ベーブルースが特別出演しています…)などが載っています。

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 1929(昭和4)年の主な出来事を見てゆくと…

 浪花小唄や『東京行進曲』などが大ヒットし、浅草では榎本健一らの「カジノ・フォーリー」が結成され、川端康成の新聞小説『浅草紅団』の連載が始まります。
 大学卒業者の就職難が深刻で、『大学は出たけれど』が流行語となり、また同名の小津安二郎監督の映画が大ヒットしました。
 上野松坂屋が新装開店し日本で初めて「エレベーターガール」が登場。大阪梅田には世界初のターミナルデパート、阪急百貨店が開店しています。
 ドイツの大型飛行船「ツェッペリン伯号」が世界一周の途中に霞ケ浦に着陸。また東京~大阪~福岡間の定期旅客飛行が始まり、本格的な航空時代を迎えます。
 他にも、宝塚歌劇『モン巴里』、小林多喜二『蟹工船』、寿屋が国産初のウイスキーサントリー」を発売、などなど・・・

 まさにモダン都市文化の象徴のような出来事ばかりですが、この年辺りが「エロ・グロ・ナンセンス」の混沌とした世相をよく表しているように思います。

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 そして、同じ年の「松竹座ニュース」4月3日~10日には、フリッツ・ラング監督のSF映画『メトロポリス Metropolis 』が紹介されていました。

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 今日では「SF映画の原点にして頂点」として、以降多数のSF作品に多大な影響を与え、SF映画黎明期の傑作とされている作品ですが、講談のような内容解説にも公開当時の世相が表れているような気がします…
(以下抜粋)

 メトロポリス!それは現在よりはるかに隔たること『一世紀』、百年後に於ける一大都市だ。此処に於ける科学文明は最高潮に達し、神も愛も芸術も倫理も総ては泥田の中に投ぜられて顧みられない。此のグロテスクな大都市メトロポリスの讃美者そして永遠の保持者はジョン・マスターマンと呼ばれた。
 ~(略)~

 いやが上にも機械力万能の世界を建設すべく偶々メリーの地下街に於ける名声を利用し大発明家ロトワングに依頼し魂無き人造人間メリーを創造した。……如何なる機械力をしても魂ある人間の創造は絶対に不可能であった。地下街の人達をして反感を煽るに便なる只の物質に過ぎなかった。
 ~(略)~

 地下街に息づく人々のために人造人間は遂に火の中に投ぜられた。火中に変わる鋼鉄の姿、群衆の驚異の中に『世界を我等の手へ!メトロポリスを我々の手へ!』と絶叫しつゝ彼等は人類を建設すべく人間、魂ある人間の労働が開始せられて行くのだった。


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# by suzu02tadao | 2018-01-05 07:20 | Comments(0)

初日の出<大浪橋>

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 大浪橋の初日の出です…
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 大浪橋は昭和12年に完成。
 この場所には、大正がまだ勘助島と呼ばれていた頃から渡しがあり、また運ばれてきた荷物の積み下ろしも行われていたようで、橋のたもとには石標がおかれています。
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 大浪橋(おおなみばし)は大正区と浪速区を結んでおり、両区の頭文字をとって名付けられました。
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 木津川の戦前に架けられた橋としては最下流にあたり、当時は大きな帆船が頻繁に上り下りしていたため、橋脚を無くして、川幅を一跨ぎするブレストリブタイドアーチ橋が採用され、ダイナミックで重厚な景観を造りだしています。
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 橋の上から木津川の下流を望む…
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# by suzu02tadao | 2018-01-02 08:00 | 大正Kai-Wai | Comments(2)

2018年 元旦

Happy New Year !

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 1985年、ニューヨークの街角。

 大正に越してきて、まず私が思ったことは、東西を川に囲まれた南北に長い地形で、南側が海に面しているところは、ニューヨーク・マンハッタン島と大正がよく似た風土だということです。

 もちろん街の規模も大分違っていて、大正には摩天楼もセントラルパークもありませんが、人気のない裏通りの街角には共通する下町の空気が感じられます…

 ちょうどこの写真を撮った頃…日本では、阪神タイガースが西武ライオンズを降して日本一になっていました。
 今年あたり…
 そろそろまた日本一になってほしいと思います…

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 1922(大正11)年の「丹平商会」社員用NOTE BOOKです。

 こちらの可愛いワンちゃんの絵は…
 関西洋画壇の父とも言われる赤松麟作の作品だと思われます。

 この後…
 大阪・心斎橋にできた「丹平ハウス」の中にあった赤松麟作の「赤松洋画研究所」は、大阪のモダニズム文化の一翼を担ったのでした。



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# by suzu02tadao | 2018-01-01 00:00 | Comments(0)

大正橋

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 初代の大正橋は大正4(1915)年に完成した橋で、支間長が91.4mという当時日本最長のアーチ橋でした。

 現在の大正区の区域は、その当時、工業地帯として発展していたにもかかわらず、大阪の島と言われ、渡し以外に川を渡る手段がなかったため、大阪市街地と繋ぐ目的で架けられた橋で、大正時代に架橋されたことから「大正橋」と命名されました。
 なお、昭和7年に成立した「大正区」の名前は、この大正橋に由来しています。
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 ところが、設計基準の確立されていない時代に設計されたということもあって、想定外の変形が発生し、補修・補強がくり返されたものの傷みが激しく、都市計画道路の拡幅を機に、下流側に新しく現在の橋が架けられ、初代の橋は昭和46年に撤去されたのでした。
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 昔は大正橋の上からも大阪ドームの全容が見えましたが、今ではショッピングセンターやホームセンタ-の陰になってしまっています…
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 橋の東詰めの広場には「大地震両川口津浪記」という、安政南海地震の後に発生し大阪を襲った津波の被害と教訓を記した記念碑があります。
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 歩道と車道を区切る縁石がメトロノームのデザインになっていたり、川下に環状線の木津川橋梁(この鉄橋も昭和3年にできたもので、いずれまた取り上げる予定です…)を望む橋の欄干には、ベートーベン作曲・交響曲第9番『歓喜の歌』の楽譜がデザインされていて、諸説あるものの、これにも歴史的な由来があるようです。
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 冒頭の絵はがきは20年以上前に老松町の骨董店で手に入れた、新世界や楽天地など大阪名所16枚セットで千円位だった(当時は安かった!)もので、その時は、なぜ大正橋が大阪名所なのかわからなかったのですが、今回、調べてみて納得しました…
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 今年のブログも、年末の『歓喜の歌』の大合唱が聴こえてきそうな大正橋で最後になりました。

 良いお年を…
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# by suzu02tadao | 2017-12-29 12:30 | 大正Kai-Wai | Comments(0)